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岡ふぐ談
おかふぐだん
作品ID46740
著者佐藤 垢石
文字遣い新字新仮名
底本 「『たぬき汁』以後」 つり人ノベルズ、つり人社
1993(平成5)年8月20日
入力者門田裕志
校正者松永正敏
公開 / 更新2007-01-15 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 今年は、五十年来の不作で、我々善良なる国民は来年の三月頃から七月頃にかけ、餓死するであろうという政府の役人の仰せである。そんなことなら爆弾を浴びて死んだ方がよかったというかも知れないが、運悪く生き残ってしまったのであるから、なんとしても致し方がない。幸い、防空壕を埋めないで置いてあるから、いよいよ飢餓が迫ってきたならば壕の底へ長々と伸びて、いよいよそのままとなったら、簡単に上から土をかけて貰うことにしよう。
 そして、食い納めであるから、蝗を捕ってきてくれと、娘に命じたところ、娘は小半日ばかり稲田のなかを歩きまわって帰り来り、今年は蝗がいませんと言って、茶袋を縁先へ投げ出したのである。見れば、袋のなかに僅かに十数匹の蝗が、飛び脚を踏ん張り合って、揉み合っているだけである。米が不作の年には、蝗まで不作であるとみえる。十数匹の蝗を竹串にさして、塩をなすり、焚火に培って食べたところ、長い間動物性の蛋白質に飢えていた際であったから、素敵においしかった。
 私は、昨年の三月故郷の村へ転住してからというもの、一回も魚類や油類の配給を受けなかった。汽車の切符が買えないから、釣りには行けない。闇で鯖の乾物でも買って食べたいと思ったが、そんな手蔓はない。
 そこで、娘に蝗を捕らせて食った次第であるが、動物を食べたのは数ヵ月振りだ。これで一盃あれば結構な話であるけれど、三月から十一月までに、ただの一回、僅かに二合の合成酒が配給されたのみ。
 明日から、自ら田圃へ出動して蝗を捕ることにきめた。蝗はもう霜に逢っているから羽が強くきくまい。何匹かは捕れるであろうと思う。しかし、世の中には蝗などいう虫けらは食わんと毛嫌いする人があるが、それは食わず嫌いというものだ。
 元来、蝗は関東から東北地方の人々が好んでよく食う。信州や北陸地方の人々も、酒の肴にする。支那でも盛んに食い、中央亜細亜方面では佳饌のうちに加えられてある。
 昔、京の禁裡から白面金毛九尾の狐を祈り払った陰陽博士阿部晴明は、母の乳よりも蝗が好物であったというから、彼は幼いときから蝗をむしゃむしゃ、やったものと見える。晴明は、信田の森の葛の葉という狐が生んだ子供であるという話だが、そういえば先年北軽井沢の養狐園を視察したとき、園主から狐は蝗をひどく好むという説をきいたことを記憶している。
 予言者ヨハネは、蝗と野の蜜蜂を常食にしていたという記録がある。してみると、ヨハネも狐の縁戚に当たるかも知れないが、私の隣の家で飼っている猫は、素敵に蝗が好きで毎年秋がくると、鼠を捕るのを忘れて、田圃へさまよい出ては蝗捕りを専門にやっているという話だ。では、ヨハネは猫類にも血のつながりがあったのかも知れぬ。
 ある日私が、縁先で蝗を串にさしていると、隣村から老友がやってきた。しばし私の手先をながめていたが、蝗などという気品の卑しい虫は食う…

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