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支那の狸汁
しなのたぬきじる |
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作品ID | 46744 |
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著者 | 佐藤 垢石 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「『たぬき汁』以後」 つり人ノベルズ、つり人社 1993(平成5)年8月20日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 松永正敏 |
公開 / 更新 | 2007-01-15 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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晋の時代である。燕の恵王の陵の近所に千年をへた古狸が棲んでいた。千年も寿命を保ったのであるから、神通力の奥義に達し、変化の術はなんでも心得ている。
大入道や一つ目小僧などに化けて、村の百姓を脅かすのは、狸界における末輩の芸当だ。そんなのは、とうの昔に卒業している。つまり、自分は狸界の上層部にあって、指導者の最高峰であり、実力の保持者だ。
だから自分は、学者と経書詩文を論じ、その優劣を争って、人間に一泡吹かしてみなければ興味が薄い。
と途方もない野望を抱いたのである。そして、美青年に化けて、立派な馬に乗り、恵王の陵の門前から、あたりを払って出て行った。
これを、門前のご神木が見た。そこでご神木は、彼の姿を呼び止めて、
おい君、大分おめかしして、一体どこへ出かけて行くんだい。
と、声をかけた。
なんだ神木君か、ほかでもないがね、今日は、これから張華のところへ、論談の用件があって行くのだよ。馬上から狸は、反り身になって答えた。
おい貴公、それはほんとかい。止めろよ、うぬ惚れは――張華といえば、晋の国現代における大学者の最右翼であるのは、知らぬものはあるまい。と、ご神木がいうと、狸はご神木の言葉を抑えて、
張華が、なんだい。大家などといって、ひどく大面しているというから、これからわが輩が行って、一番へこましてやろうというんだよ。
それがいけないというのだ。一体、貴公は日ごろ、自分を買い被っている。
よせやい、乃公を甘くみるなよ、細工は流々仕上げをご覧だ。
困ったもんだね――おのれを知らんちうのは。
乃公は、貴公とは違うんだよ。貴公のように、地べたへ生えたなり、上へばかり伸び上がって、風を喰うのがしょうばいで、なにも知らない世間見ずと一緒にされてたまるかい。
おいおい、無理するなよ。無理をすると、貴公の生命が危ないばかりじゃない、そのあおりを食って、わが輩の命に影響するかも知れないからね。折角思い立ったのだろうが、まあ今日のところは思いとどまって、これから二人で一盃やろうじゃないか。どうだい、そのほうが賢明だぜ。
いらぬおせっかいだよ。貴公などと喋っていれば遅くなる。狸は、ご神木が誠心こめて止めるのを振りもぎって、馬に一鞭をくれて、ぽくぽくと出て行った。
張華の邸へ来って刺を通じたところ、張はこれを鄭重に一間へ案内した。そして古今の経書詩文を論ずること、三日に及んだけれど、いつかな青年は屈しない。
そこで、張華は考えた。
自分は、いままで随分交友は広い。また学界のことについては、寡聞の方ではないと思う。だが、今の天下にこんな博識にして蘊蓄の深い人物がいるとは、聞き及ばなかった。しかも、白面の青年じゃないか。あるいはこれは、人間じゃあるまい。魔性の物が、自分をからかいに来たのかも知れぬ。
と疑いを起こしたのである。
そこで張華は…