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飛沙魚
とびはぜ
作品ID46752
著者佐藤 垢石
文字遣い新字新仮名
底本 「『たぬき汁』以後」 つり人ノベルズ、つり人社
1993(平成5)年8月20日
入力者門田裕志
校正者松永正敏
公開 / 更新2007-01-23 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 この頃は、一盃のむと途方もなく高値な代金を請求されるので、私ら呑ん平にはまことに受難時代である。そのために月に一回、せいぜい二回も縄暖簾を、くぐることができれば幸福の方であるが、五十年来のみ続けてきた私が、月に一回や二回のんだのでは、夜ねむれないで困りはしないかと心配した。
 しかし、ありがたいことに、のめないでも眠ることについては心配不要であった。眠り過ぎて困る。夕方、めしが済むと、すぐ眠くなるのである。八時になると、もう床のなかへ潜り込む。そして七、八時間はぶっ通しで眠るのである。朝、三時か四時頃に眼がさめると、そのまま床から離れてしまう。
 夏の朝であっても、三時ではまだ暗い。暗いけれど釣り竿を持って川へ行く。川では、魚類もはや眼をさまして、私を待っているのである。魚連中は、朝の三時か四時頃が、ちょうど朝飯の時間であると見えて、鈎に餌をつけて水へ投げ込むと、直ぐ食いつくのだ。
 私と同じように魚も素敵に朝早く眼をさますが、彼らは一体夜の何時頃に寝につくのであるかと考えて、さきごろ水産講習所教授殖田三郎さんと共に、相模川の支流の串川へ視察に行ったことがある。殖田先生の説明によると魚類は大体宵の八時には床に入るものであるという。そこで、二人はカンテラ提げて串川の中流の小さな淵へ、八時に到着するように見はからって出かけて行った。
 淵といっても、深さ三、四尺ほどで、カンテラを指しだすと底の石まで見える。二人は、カンテラの光りで、静かに淵の層を見た。いる、いる。鮎、[#挿絵]、鮠などが淵の中層で、ぐうぐうやっている。魚類のことであるから、鼾声は聞こえないが、尾も鰭も微動だにさせないで、ゆるやかに流れる水に凝乎としているのである。
 ゆるやかであっても、水は流れている。にも拘わらず、魚は鰭や尾を動かさないでも、流されることなく、凝乎としていられるのであるから、魚という動物は不思議であると感心しながら、なお眺めつづけていた。ところで、魚は眼を開いたまま眠っている。開いたままであるから、眠っていても魚の眼は視力がきくものかどうか試すため、携えて行った魚鋏で、眠っている魚を挾んでみた。眼が見えれば、鋏を見て逃げだすわけであるが、鮎も[#挿絵]も鮠もなにも知らず騒がず驚かず、静かに私らの魚鋏に挾まれてしまうのであった。
 これは、たしかに眼を開いたまま熟睡していたに違いない。さらに、殖田先生の説明によると、魚は約二時間熟睡すると眼をさます。それも試験してみよう、というのである。蚊の襲撃を受けながら、夜の河原に二時間待った。十時に、再びカンテラを淵の面へ差して魚の姿を眺めると、やはり水の中層に静止している。ところで、私らはまた魚鋏を水中に入れ、魚を挾もうとすると、こんどは駄目である。逸早く鋏を見つけて、鮎も[#挿絵]も鮠もいずれへか逃げてしまった。二時間後には、たしかに…

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