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![]() さとのはる、やまのはる |
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作品ID | 4676 |
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著者 | 新美 南吉 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「ごんぎつね 新美南吉童話作品集1」 てのり文庫、大日本図書 1988(昭和63)年7月8日 |
入力者 | めいこ |
校正者 | もりみつじゅんじ |
公開 / 更新 | 2003-01-09 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 2 ページ(500字/頁で計算) |
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野原にはもう春がきていました。
桜がさき、小鳥はないておりました。
けれども、山にはまだ春はきていませんでした。
山のいただきには、雪も白くのこっていました。
山のおくには、おやこの鹿がすんでいました。
坊やの鹿は、生まれてまだ一年にならないので、春とはどんなものか知りませんでした。
「お父ちゃん、春ってどんなもの。」
「春には花がさくのさ。」
「お母ちゃん、花ってどんなもの。」
「花ってね、きれいなものよ。」
「ふウん。」
けれど、坊やの鹿は、花をみたこともないので、花とはどんなものだか、春とはどんなものだか、よくわかりませんでした。
ある日、坊やの鹿はひとりで山のなかを遊んで歩きまわりました。
すると、とおくのほうから、
「ぼオん。」
とやわらかな音が聞こえてきました。
「なんの音だろう。」
するとまた、
「ぼオん。」
坊やの鹿は、ぴんと耳をたててきいていました。やがて、その音にさそわれて、どんどん山をおりてゆきました。
山の下には野原がひろがっていました。野原には桜の花がさいていて、よいかおりがしていました。
いっぽんの桜の木の根かたに、やさしいおじいさんがいました。
仔鹿をみるとおじいさんは、桜をひとえだ折って、その小さい角にむすびつけてやりました。
「さア、かんざしをあげたから、日のくれないうちに山へおかえり。」
仔鹿はよろこんで山にかえりました。
坊やの鹿からはなしをきくと、お父さん鹿とお母さん鹿は口をそろえて、
「ぼオんという音はお寺のかねだよ。」
「おまえの角についているのが花だよ。」
「その花がいっぱいさいていて、きもちのよいにおいのしていたところが、春だったのさ。」
とおしえてやりました。
それからしばらくすると、山のおくへも春がやってきて、いろんな花はさきはじめました。