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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん |
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作品ID | 46762 |
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副題 | 53 葉茶屋の狆のはなし 53 はぢゃやのちんのはなし |
著者 | 高村 光雲 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店 1995(平成7)年1月17日 |
入力者 | 網迫、土屋隆 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2007-02-22 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 7 ページ(500字/頁で計算) |
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さて、鏡縁御欄間の仕事が終りますと、今度は以前より、もっと大役を仰せ附かりました。
これは貴婦人の間の装飾となるのだそうで御座いますが、貴婦人の間のどういう所へ附いたものかその御場所は存じません。何んでも御階段を昇り切ったところに柱があってその装飾として四頭の狆を彫れという御命令であった。
これは東京彫工会へ御命令になったので、木彫りで出来るのではなく、鋳金となって据えられるので鋳金の方は大島如雲氏が致すことになったが、原型の彫刻は高村にさせろという御指命で彫工会がお受けをしたのでありました。
そこで、私は原型を木で彫ることになりました。およその下図は廻って来ましたが、今度は鏡縁欄間のような平彫りとは違って狆の丸彫りというのですから、下図に便っているわけに行かない。まず何より第一番にモデルとする狆の実物を手に入れることが必要となって来ました。
しかし、狆を手に入れるということは容易でない。狆なら鳥屋へ行っても何程もあるが好いものは稀です。もし好いのがあれば高価であるから私も当惑しましたが、以前用たしで浅草の三筋町を通った時に或る葉茶屋になかなか好い狆がいたことを思い出したので、早速出掛けて行って見ると、店先にチャンとその狆はいる。それはなかなか狆らしい狆で、どうも好さそうに思われるので、それが欲しくなりましたが、葉茶屋では自慢にするほど可愛がっているらしいので、ちょっとどうするわけにも行きません。
けれども、まず当って見ない分には容子も分らないので、そんなに入用でもない番茶やお客用の茶などを買いまして、店先に腰を掛け、そろそろその狆を褒め出したものです。可愛がっているものを褒められれば誰しも悪い気持はしませんが、細君が奥から出て来て講釈を初める。私は一服やって狆の話を聞きながら、細君があやしているその狆の様子を見ると、どうも、いかにも狆らしくて好さそうである。
それで私は言葉を改め、
「実は、私は近日一つ狆を彫ろうというのですが、お宅の狆はいかにも種が好さそうで、これを手本にして彫ったら申し分なかろうと思うのですが、手本にするには手元におらないと仔細な所を見極めることが出来ませんので、甚だ当惑している次第ですが、どんなものでしょうか、無躾なお願いですが、この狆を一週間ばかり拝借することは出来ますまいか。もっとも狆の手当てはお習いして、決して疎略にはしません。一つ御無心をお許き下さるわけには参りますまいか」
こう私は申し込みました。
すると、細君は大変驚いた顔をして私の顔を今さらのように眺めておりました。
「そうでございますか。貴方が狆をお彫りになるのですか。でも、生物のことで、ちょっとお貸しするというわけにも参りませんよ。これはもう私の子供のようにして、こうして可愛がっていますんで、暫くも私の傍を離れませんので……」
というような挨拶。
…