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巣離れの鮒
すばなれのふな
作品ID46787
著者佐藤 垢石
文字遣い新字新仮名
底本 「垢石釣り随筆」 つり人ノベルズ、つり人社
1992(平成4)年9月10日
初出「釣りの本」改造社、1938(昭和13)年
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2007-07-11 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 寒い冷たいとはいうが、もう春だ。そろそろと水が温んでくる。川や沼の面に生色ある光がただよって、いつの間にか堤防の陽だまりに霜ぶくれの土を破って芝芽が小さな丸い頭を突き出すと魚も永い冬の蟄居から眼ざめるのである。鮒は晩秋水の深みに落ち込んで腐れ藻の下や泥底に集団をなして寒い一冬を越すのであるが、寒が明けて陽ざしが明るくなってくると、集団を解いて静かに動きはじめる。これを巣離れの鮒というのである。
 鮒は厳冬の頃でも寒鮒釣りの鈎にかかるが、それは餌に絡まる振舞が甚だ不活発であるから、集団にめぐり会わなければ大釣りはないものである。ところが温み始めた水に誘われて泳ぎ出した鮒は積極的に餌を求めるようになる。寒鮒時代よりも沢山釣れるわけである。
 巣離れの鮒を釣るには数本の竿を並べてもいいが、能率的であるのはヅキ式の探り釣りである。巣から離れた鮒は枯れた真菰の根などを緩やかに移動しているから釣る人も鮒の遊ぶ場所を探りながら移動して行くのが面白い。竿は二間半から三間くらい、胴のしっかりしたものがいい。道糸は秋田の三十本撚りくらいにして錘から上を三、四尺三厘柄のテグス、鈎は中輪の三分くらいで二本鈎にする。鈎素は下鈎は六寸、上鈎が四寸程度である、仕掛けの全長は竿よりも三、四尺短くするのが探りいいのである。道糸に一分玉から二分玉くらいの玉浮木を五、六寸間隔に七、八個つける、下から次第に上の方へ玉を大きくしていく人もあるし、それと反対にする人もある。それは好き好きである。なるべく形の大きい蚯蚓を餌にして枯れた真菰のまわりや腐った藻の切れ目などへ道糸を垂直につるし込み、入れると間もなく数多い玉浮木がずるずると引っ張り込まれていく興趣は実に何ともいわれない。ここには沢山いるというところを発見したら、そこで携えていった数本の竿を出して並べ釣りをやるのもいいだろう。探り釣りには時々ほんとうの尺鮒が出るから油断はならない。
 釣り場は何といっても関東一の鮒釣り場と称されている茨城県稲敷郡と鹿島郡に跨がる水郷地方である。千葉県の神崎向こう地が最も便利で、そこには脇川、ムジナ塚、新利根川、戸指川、グル川、大重沼、押っ堀、上の島、西代、荒川河、役前、四ツ谷前など、数里の間にいくつとも知れない広い釣り場がある。何百人押しかけたところで混み合うなどということは決してない。
 十年秋の出水で、この多くの釣り場へは霞ヶ浦、北浦、大利根川などから沢山の形のいい鮒が入り込んでいる。



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