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盗難
とうなん
作品ID46797
著者佐藤 垢石
文字遣い新字新仮名
底本 「完本 たぬき汁」 つり人ノベルズ、つり人社
1993(平成5)年2月10日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2007-04-20 / 2014-09-21
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 私は、娘を盗まれたことがある。そのときのやるせなさと、自責の念に苛まれた幾日かの辛さは、いまでも折りにふれてわが心の底によみがえり、頭が白らけきる宵さえあるのである。
 結婚後、五、六年になるが不幸にも、私ら夫妻は子宝に恵まれなかった。しかし、私らはそれを悩みとも、不幸とも思っていなかった。そして、子供のない安易の生活を楽しんでいるのである。子供がほしいと切望したところで、掌ででっちあげるような訳にはまいるまい。また、欲しくないって言ったところで、産腹の夫妻は毎年産む例はいくらでもある。また世の中には結婚後二十年、二十五年と月日がたったというのに、思い設けぬ子宝を授かる人さえある。だから、まあまあ運は天にまかせろと言った気分で、別段子供のない寂しさなど味わってみもしなかった。
 ところが、私の家庭に子のないことを、私の郷里の方で大分問題としていたらしい。大正六年の秋であったと思う。私の妹が突然郷里から東京へでてきて、私ら夫妻に言うに、兄さんたちはまだ若いのであるから、ゆくさきのことなど心配にならないであろうが、故郷の老父はゆくさきが短い。いつこの世を終わるかも知れないのであるけれど、家に生まれた孫の顔を見ぬうちに死ぬのは残念だ。もし、伜夫妻にゆくさきざきまで子供がいないとすると、佐藤の血統は絶えてしまう。それを考えると気がふさぐ、などと老父はこのごろ毎日愚痴まじりに言っている。そんなわけであるから、兄さん、親孝行のために、なにか子供をこしらえるうまい思案はないでしょうか、と語って妹はしみじみするのであった。
 うまい思案といったところで、こればかりは思案のほかの問題だ。私はただ笑って妹の言葉にはなにも答えなかった。すると、ややあって妹は膝をのりだし、兄さん京都の姉はまた妊娠したのだそうです。ところで父とわたしと相談の上、兄さん夫婦には事後承諾を求めることにして、勝手なことをやってしまいました。それは、京都の姉の腹にある子供を、そのまま佐藤の家へ貰ってしまう、という相談をきめたのです。姉夫婦が、こちらの希望を容れてくれれば、その結果を兄さん夫婦に報告して承認を求めればよろしい。もし、兄さん夫婦がこのことに反対であれば、その趣を京都へ言ってやれば、それで済む。他人ではないのであるから、義兄はわたしら父妹の僭越なやり方や、破談のことなど憤りはしないと思いました。
 そこで、善は急げということになり先日東京を素通りして京都へ参り、姉夫婦にこのことを率直に打ち明けたところ、案のじょう直ぐ承諾してくれました。そのとき義兄が申すに、当方には丈夫の子供が三人もいる。だから、これから産まれる子供の一人ぐらいは問題ではない。
 しかし、わが子を佐藤家の嗣子として贈るとすれば、直接その子を育てる者は佐藤の嫁さんである。その、嫁さんの人柄によって子が幸福にも、不幸…

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