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水と骨
みずとほね
作品ID46813
著者佐藤 垢石
文字遣い新字新仮名
底本 「垢石釣り随筆」 つり人ノベルズ、つり人社
1992(平成4)年9月10日
初出「釣趣戯書」三省堂、1942(昭和17)年
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2007-07-03 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   一

 人は常識的には、太平洋へ注ぐ表日本の川の水温よりも、日本海へ注ぐ裏日本の川の水温方が低いであろうと、考えるにちがいない。
 ところが、実際は日本海へ注ぐ川の方が平均高い水温を持っているらしい。このことは理学的にも統計的にも、何か責任の上に立って調べたわけではないから必ずそうであるとは断定できないが、私が多年、各地の川を釣り歩いてみて、裏日本の川の方が早く水が温み、そして盛夏の候には表日本の川より水温が高くなることを経験したのである。
 水温と釣りには、切っても切れない縁のあるのは誰でも経験している。疑うというわけではないが、川の性質を知ってその川特性の水温を頭に入れながら釣りすることは、また楽しみのあるものである。
 たとえば、手近の例が上越国境即ち白根火山の北方、信濃の渋峠を地点として東方へ走り岩代、上野、下野の三国境付近の尾瀬沼の東でつきる山脈の裏表は完全に、日本海へ注ぐ川と太平洋へ注ぐ川との分水嶺をなしている。この山脈の中央に他を圧して聳立する大刀根岳の雪渓の滴りを源とする利根川と、やはりこの山脈中の名山、谷川岳の北裏を源とする越後の魚野川の水温を比較すると、川が暖かい陽当たりに向いて流れるにも拘わらず、利根川の方が水温が低い。
 また、越後の阿賀の川の支流只見川は会津の奥、即ちこの山脈の東端に位する燧ヶ岳の西南の谷から北方へ向いて流れ出すが、尾瀬沼の森林中に源を持って南方を指して流れいく利根の支流片品川の方が水温が低いのである。
 遠く加賀の白山の裏川から源を発する射水川、越中立山の西北から出る神通川も共に、日本海へ注ぐのではあるが、上の保、吉田、板取、揖斐の各支流を集め、木曾の奥から出てくる木曾川に合する長良川の方が、太平洋に向いているにも拘わらず水温が低い。
 まれに、平州に源を発する駿州の富士川、野州塩原の裏山から出る常陸の那珂川のように太平洋へ注いではいるが大そう水温が高く、北アルプスの西側、黒部五郎岳の峡谷から出る越中の黒部川は、日本海へ注いでいるが、水温が低いという川もあるが、これは私がこれから説く、川の性質の異例としておこうか。
 なぜ、日本海へ注ぐ川の方が、水温が高いのであろう。それは雪と、気圧と、地質の関係ではないかと思われる。日本の脊髄[#ルビの「せきずい」は底本では「せきづい」]を東北へ貫いて、地勢を裏と表に分かつ山脈へは、毎年深い雪が積もることは誰でも知っている。そして、魚野川と利根川を例としてみれば、いずれの水源地方へも毎年同じ深さの雪が積もるのであるが、越後の山の方が、南西の山よりも早く雪が解けるのである。だから、裏日本へ注ぐ川の方が、早く水が温まるわけになる。関東平野から、小野子、子持両山の峡谷を遠く北方へ聳え立つ谷川岳の南西は、七月の末、土用に入っても雪渓をキラキラと望むことができるのである。
 だから裏…

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