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みやこ鳥
みやこどり
作品ID46815
著者佐藤 垢石
文字遣い新字新仮名
底本 「完本 たぬき汁」 つり人ノベルズ、つり人社
1993(平成5)年2月10日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2007-04-16 / 2014-09-21
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 この正月の、西北の風が吹くある寒い朝、ちょっとした用事があって、両国橋を西から東へわたったことがあった。
 橋のたもとから十五、六歩足を運んだ時、ふと水の上へ眼をやった。すると、大川と神田川が合流する柳橋の龜清の石垣の下の静かな波の上に、白いものが浮いているのを見た。私は、欄干によりかかって、しばらくそれに眺め入った。白いものは、かもめであった。
 十数羽のかもめの群れは、思い思いの方へ向いて、眠ってでもいるように緩やかにうねる水にゆらゆらと揺られている。ところが、大きなかもめの群れのなかに形の小さいゆりかもめが、薄くれないの嘴をときどき私の方へ向けるのを、眼にとめた。
 ――みやこ鳥――
 私は、ほんとうに偶然、途上で昔の友に行きあったような思いがした。
 ――遠い日の、みやこ鳥――
 三十年近くも前の、私の若き頃の身の俤が、ひとりで幻想となって眼の底に浮かんできた。改めて、私はゆりかもめをみつめた。

 眼がさめると、私は淀川堤の暁の若草の上に、横になっているのに気がついた。
 ――何だ、自殺も忘れていたのか!――
 私は、昨日の夕べのことを顧みた。また、暗い気持ちになった。
 ――何たることだ――
 起こした半身を、[#「、」は底本では「,」]再び堤に倒して草の葉に顔を埋めた。土の匂いがする。一瞬、くにの耕土に親しんでいる老いた父と母の顔が、頭を掠め去った。
 ――キキ――
 頭の上で、鳥の声がした。いそしぎだろうか、川千鳥だろうか。
 幼い頃、父に伴われて故郷の川へ鮎釣りに行くたびに、河原で聞いたいそしぎの声に似ているのである。私は額をあげて、ぼうっとした視線を、淀の川瀬に向けた。
 私の寝ている堤の下に、しがらみ(柵)があって、その下手は瀬かげをつくり、水が緩やかに流れている。そこに、二羽のゆりかもめが浮いていた。淀川の水は澄んで、薄くれないの脚が透けて見えた。
 ――悩ましき、みやこ鳥――
 淀の川瀬にまで、ゆりかもめがいようとは思わなかった。
 ――とにかく、おれは生きのびた。もう何も考えまい、考えまい、また眠ろう――
 堤にすりつけた顔に、土の香がひとしお強かった。
 これは、私が二十三歳の四月の半ば過ぎの、できごとであったのである。

     二

 淀の流れに近い八幡の町までたどり着いたのは、[#「、」は底本では「,」]前の日のひる頃であった。
『夜逃げ』を決心した時、日本地図を広げて志す国を、ここかしこと捜した。そして、地図の上でみると、どこよりも交通不便な土佐の国を品定めした。夜の急行列車で一気に大阪まで落ちのびた。安治川口から汽船で美しい高知港の牛江へ入ったのは春の陽が和やかに照った眞ひるであった。こし方の長い重荷をすべておろした気持ちで甲板に立った。
 高知で職を求めた。けれど保証人のない私は宿屋の帳付けにも、…

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