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石をしょわずに
いしをしょわずに
作品ID46824
副題――わかい女教師の自殺
――わかいじょきょうしのじさつ
著者村山 俊太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「生活綴方と教師の仕事」 桐書房
2004(平成16)8月10日
初出「教育生活 創刊号」新世界社、1948(昭和23)年2月
入力者しだひろし
校正者土屋隆
公開 / 更新2010-03-28 / 2014-09-21
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 昭和二十二年七月二十日の朝、T村小学校のわかい女教師が、通勤の途中にある淵に投身自殺をした。すがすがしい朝を、大きな石を身につけて、すきとおる山谷の淵の底に身を沈めた。十八年四月、村の高等科を卒えると、T町の実科高女校に入り、卒業した二十一年四月から隣村の小学校に助教として奉職していた。このわかい女教師は、わたくしの妻の教え子なので、時々わたくしの住まいにも訪ねてきて、よく教育のことなどを語りあった。それで妻からこのK子の死を知らされたとき、どうしても信じられないほど心のおどろきを感じたのだった。妻はその自殺の模様をかいつまんで話してから、
 ――子どもたちのけんかがもとで、有力な父母から、新教育なんていったって、しつけひとつできないじゃないかと言われたのがもとだって。
と死の原因についての評判をまとめて語ったあとで、
 ――けれど、そのほかに、新しい教育への苦しみと悩みがK子を死なせたのよ。
とわたくしの同意をもとめるようにいった。このことについては、つい一週間ばかり前にK子がわたくしの住まいを訪ねてきて、教育についての悩みを語りあった直後なので、何の無理もなく、わたくしは妻の意見に同意することができた。そしてK子が口ぐせのように、その妹に、
 ――お前は先生にだけはなるな。先生って、とてもむずかしいつらい苦しいものよ。
と語っていたということを妻からきいて、暗い気持ちになった。



 K子が妻を訪ねて、わたくしの住まいに来たのは、七月のはじめの日曜だった。妻の教え子であるO村の青年が、見事なさくらんぼをもって訪ねてきていた。この農民組合青年部で活躍しているわかい青年と対談しているところへ、K子も妻を訪ねてきたのだった。
 わたくしは、この青年と、むかし戦闘的だったO村の農民組合の現在の状況や、農地改革に対する農民たちの関心のうすいこと、小作農が自作農になりたがらない気持ち――などの分析をやったり、日本経済をつつむヤミとインフレにより形だけの富農が発生しつつあること、そして農村支配が地主層からこの富農層へうつりつつあること、日本の独占資本とこの富農との結合方向が見えていることなど最近の農地農民の問題を語りあった。
 わたくしと青年との語らいを、K子はだまってきいていた。そして青年が去ったあとで、わたくしはK子に、
 ――いまの話がよくわかるか。
ときいてみた。K子は真剣な顔になって、わからないこと、村にいて村の生きた姿がつかめないことのかなしさなどを訴えた。わたくしは、農村の先生が農村のことを知らないではこまるから、すこしずつ勉強することをすすめて、やさしい参考書なども二、三冊紹介したりしたのだった。
 そのあとで、K子は、今日の来意をつげて、ノートをだしながら、教育の問題について、いろいろとわたくしに問いただすのだった。この日、K子が用意して…

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