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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID46836
副題56 鶏の製作を引き受けたはなし
56 とりのせいさくをひきうけたはなし
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-03-21 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 狆の製作が終ってから暫くしてふと鶏を彫ることになりました。

 その頃京橋南鍋町に若井兼三郎俗に近兼という道具商があった。この人は同業仲間でも好い顔で、高等品を取り扱い、道具商とはいいながら、一種の見識を備えた人であった。またその頃、築地に起立工商会社という美術貿易の商会があって、これは政府の補助を受けなかなか旺んにやっておった。社長は松尾儀助氏で、右の若井兼三郎氏は重役といった所で、まあ松尾氏の番頭さんのような格でありました。この若井氏から私が鶏の彫刻を依嘱れたのであった。

 松尾氏も若井氏も共に美術協会の役員であったので、或る日の役員会に一同が集まっていました。旭玉山氏が来ていられたが、私は玉山氏からこの若井氏を紹介された。同じ会員の人でありながら、その時まで双方ともに一面識もなかったのです。玉山氏が特に私を若井氏に引き合わせたことには理由があったのでした。

 これより先、若井氏は或る目論見のために各種にわたった作品を各名手の人々に依嘱していたのであったが、蒔絵、彫金、牙彫のような製作はすべて注文済みとなり、作品も出来上がった物もあったが、ただ、一つ木彫りだけが残っていた。それで木彫りの方を誰に頼もうかということをその席で旭玉山氏に相談をされたのであった。
 玉山氏は木彫りの方なら高村光雲氏にお頼みすればよろしかろうと答えましたが、若井氏が少しも高村のことを知らないで、何処にその人はいるかとの質問に、何処にいるかといってその人は協会員で来ておられるというと、では早速逢いたいというので、玉山氏が若井氏を私に紹介したようなわけです(このことは後で知ったことですが)。
 若井氏は私に逢うと、一つ木彫りをお頼みしたいのですが、詳しいことは拙宅でお話したいと思いますから、明晩お出で下さるわけに行くまいかとの事。
 それで私は南鍋町の若井氏宅へ出掛けて行きました。

 道具商といっても若井氏の宅には商品などは店に飾ってはなく、立派なしもた屋である。若井さんは頭の禿げた年輩な人で、江戸ッ児のちゃきちゃきという柄。註文の要点を訊くと、なるほど、ちょっと、立ち話位では埒の明かない話……それはまず次のようなわけ……若井氏はフランスに美術店を出している。パリでもかなり評判が好い。ところで、来年の春にはパリに博覧会(一八八九年万国博覧会)が開かれるので、同所に店のある関係上、出品をしないわけに行かない。また出品する以上は普通の物では平日の店に障るので、なかなか苦しい立場である。で、今度の事は、一時の商売的ではなく、ただただ店を保護するためである。それで、利益があれば作家へも上げますし、また、賞は、製作者の名前で貰うことにします。自分の利益は平日の店にあるので……云々。ついては、当代の名匠にいろいろな製作を頼んで、既に大分目鼻が附いたのであるが、ただ一つ木彫りの製作をする人…

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