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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID46838
副題58 矮鶏の製作に取り掛かったこと
58 ちゃぼのせいさくにとりかかったこと
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-03-21 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 かれこれ批評を聞いたり、姿形を研究したりしている間に、一月余りも経ってしまいましたので、いよいよ取り掛かることにしました。
 材は桜です。その時分はまだ桜の材で上等のものが沢山あったが現今では甚だ稀です。南部の方から出るのが良材であります。まず、雄鶏の方から初めました(木彫りの順序は鑿打ちで形を拵え、鑿と小刀で荒彫り、それから小作り、仕上げとなる)。無駄をしていたわけではないが、前述のような次第で思わず時日を費やしたので、随分精出してやりましたけれども、その年の十二月の末になってやっと小作りが出来た位でした(仕事の順序からいうと、この小作りというのは荒彫りと仕上げの間となる)。十二月の末といえば若井氏と約束の日限でありますから、当然ならば全部出来上がっていなければならない所であるが、器械的の仕事と違ってこういう側の仕事は、そう日限通りに参るわけには行かない。それも自分で怠惰ていればとにかく、毎日精を出して一生懸命やって見て、やっと此所まで来たのでありますから、どうも仕方がありません。

 といって日限が来たのですから、そのまま、打っちゃって置くわけには行かない。それに若井氏の心持も分って私もその厚志に感じてやっている仕事であるから、いずれにしろ、御返事をしなければならないが、返事をするとなると、申し訳をするよりほかない。訳を話して日限に間に合わなかったことをいって、以前受け取った手附けの金をお返しするよりほかはないのでありますから、私は考えを決め、二十一年の十二月の大晦日の晩、手附けの金を懐にし(この金は封を切ったまま手箪笥の抽斗に入れて手を附けずに置きました。万一間に合い兼ねた時、これがなくなっていては申し訳が立たないから)、荒彫りのまま、チャボを風呂敷に包み、てくてく南鍋町の若井氏の宅を訪ねました。
「その後はどうしました。時に、御願いしてあった鶏は出来ましたか」
というようなことになりました。
 私は、その後の製作の経過を物語り、とうとう日限に遅れた旨をお詫びし、手附けの金をお返しして一時前の契約を解いて頂き……彫りかけては置きません、いずれ仕上げます。出来上がれば是非御覧に入れます、その時御意に入ったら御取り置き下さい。とにかく、御約束を無にしたのは私が悪いのですと若井氏へ申し納れました。
 若井氏は私の申し納れを大分不機嫌な顔をして聞いておりましたが、その話はそれとして、何よりまずその荒彫りを見せて頂こうといいますから、私は風呂敷を解きました。
 すると、中から彫刻の矮鶏が出て来たので、若井氏はそれを見ていましたが、急に機嫌が直ったような様子になった。
「どうも、これはおもしろい。これはよく出来ました」
 そういって感心したような顔をしている。そして手に取って打ち返しなどして視た後で、
「高村さん、あなたのお話はよく分りました。ですが、私はお約束…

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