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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID46844
副題64 大仏の末路のあわれなはなし
64 だいぶつのまつろのあわれなはなし
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-03-25 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 佐竹の原に途方もない大きな大仏が出来て、切舞台で閻魔の踊りがあるという評判で、見物人が来て見ると、果して雲を突くような大仏が立っている。客はまず好奇心を唆られてぞろぞろ這入る。――興業主は思う壺という所です。
 大入りの笊の中には一杯で五十人の札が這入っております。十杯で五百人になる。それがとんとんと明いて行くのです。木戸口で木戸番が札を客に渡すと、内裏にもぎりといって札を取る人がおります。これは興業主で、その札によって正確な入場者の数が分るのであります。初日は何んでも二十杯足らずも笊が明いて、かれこれ千人の入場者がありまして、まず大成功でした。

 ところで、物事はそう旨く行きません。――
 初日の景気が少し続いたかと思うと、早くも六月に這入り、梅雨期となって毎日の雨天で人出がなくなりました。いずれも盛り場は天気次第の物ですから、少し曇っても人は来ない。またこの梅雨が長い。ようやく梅雨が明けると今度は土用で非常な暑さ、毎日の炎天続き、立ち木一本もない野天のことで、たよる蔭もなく、とても見物は佐竹原へ向いて来る勇気がありません。ことに漆喰塗りの大仏の胎内は一層の蒸し暑さでありますから、わざわざそういう苦しい中へ這入ってうでられる物数寄もないといったような風で、客はがらりと減りました。
 そういう間の悪い日和に出逢わして、初日から半月位の景気はまるで一時の事、後はお話にもならないような不景気となって、これが七月八月と続きました。もっとも、これは大仏ばかりでなく佐竹原の興業物飲食店一般のことで、どうも何んともしようがありませんでした。
 私は、この容子を見ると、自分の暇潰しにいい出した当人で仕方もないが、どうも、野見さん父子に対して気の毒で、何んとも申し訳のないような次第でありましたが、さりとて、今さら取り返しもつかぬ。しかし、野見さん父子はさっぱりしたもので、これが興業ものにはありがちのことで、一向悔やむには当りません。いずれ、秋口になって、そろそろ涼風の吹く時分一景気附けましょう。といって気には止めませんが、私はじめ、高橋、田中両氏も何んとか景気を輓回したいものと考えている中に残暑が来て佐竹の原は焼け附く暑さで、見世物どころの騒ぎではなくなりました。
「もっと早く、花の咲いた時分、これが出来上がっていたら、それこそ一月で元手ぐらいは取れたんだが、少し考えが遅蒔だった。惜しいことをした」
など、私たちは愚痴交りに話していますが、野見さんの方は、秋口というもう一つの季節を楽しみにして、ここを踏ん張ろうという肚もあるのですから、愚痴などは一つもいわず、涼風の吹いて来るのを俟っておりました。

 楽しみにしていた秋口の時候に掛かって来ました。
 ここらを口切りに再び大仏で一花返り花を咲かそうという時は、もう九月になっており、中の五日となりました。
 この日は本所で…

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