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歳月
さいげつ
作品ID46852
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集6」 岩波書店
1991(平成3)年5月10日
初出「改造 第十七巻第四号」1935(昭和10)年4月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-08-15 / 2014-09-16
長さの目安約 64 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



浜野計蔵の家の応接間。

隠退せる高級官吏の格式と、憲法発布前後笈を負つて都に上つた人物の趣味とを語る室内の調度――例へば、維新元勲の書、地球儀、コロオの複写、硝子箱入の京人形、蝶の標本を額にしたもの等。

時は、大正八年頃の初春。

場所は、東京山の手の某区某町。
正面の窓からは、午後の日を受けた庭の一部が見え、赤い椿の花が植込の間からのぞいてゐる。

長男の計一と次男の紳二とが話しながらはいつて来る。兄は三十二三、弟は二十八九である。

紳二  おやぢにはもう少し黙つてた方がいいと思ふな。
計一  黙つてて、それでどうするんだ?
紳二  僕たちで、始末を考へるのさ。おやぢなんて、それこそ、何をやらかすかわかりませんよ。
計一  (軽く冗談めかして)それやわからん。(間)あいつに短刀をつきつけるか、自分が腹をきるか……。
紳二  をかしいな。僕も、すぐそれを考へたんだ。しかし、やつたら、馬鹿だな。
計一  まあ、さういふ詮議は後廻しにして、お前の意見を聴かうぢやないか。八洲子の云ふことは、なにもかもほんとだと思ふか?
紳二  なにもかもつて、八洲子はてんで口を利かないぢやありませんか。お母さんひとりが呑み込んぢまつてるんです。八洲子がお母さんに、あれだけのことしか云はなかつたとすると、僕は疑問があるんだ。
計一  しかし、事実は明かだね。いたづらをして子供をこしらへた。思案に余つて自殺を決心した。病気保養の名目で海岸へ行き、死に場所を選んだ。しかし、その決心を断行することができなかつた。
紳二  さうです。表面にあらはれた事実はその通りでせう。多少言葉を換へて云へば云へるぐらゐのもんだ。しかし、それだけでは、なんにもわからないのと同じぢやありませんか。相手の名はどうしても云へないつて云ふんでせう。死ぬ決心をするまでに、男がどんな態度を取つたか、それも、さつきのお母さんの話では曖昧です。僕がそこを突込まうとしたら……。
計一  わかつてるよ。あの場合、あんな訊き方をしちやいかんと思つて、わざと止めたんだ。お前は一緒に興奮するから駄目だ。
紳二  八洲子の奴、泣いてばかりゐて、癪に障つたからです。
計一  泣くより仕方があるまい。死にたくつても死ねないぐらゐ、惨めな話はないぞ。自業自得だなんて、云つてみたところで、そいつは一人の人間を救ふことに役立ちやしない。早く、生きてゐた方がいいつていふ気持にさせてやりたい。解決はそれから先だと思ふが、どうだ。
紳二  むろん、さうです。もう一度、ここへ呼んで来ませうか?
計一  まあ、待て。(窓ぎはに行つて、ぼんやり考へ込んでゐる)
紳二  かうしちやどうですか? 本人よりも、一度、礼子さんを呼んで訊いてみたら……。
計一  まだ、ゐるかい?
紳二  八洲子の部屋にゐたやうですよ。いろんな事情を、知つてるだけ喋つて…

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