えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
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五月晴れ
さつきばれ |
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作品ID | 46853 |
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著者 | 岸田 国士 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「岸田國士全集6」 岩波書店 1991(平成3)年5月10日 |
初出 | 「週刊朝日 第二十三巻第二十六号(初夏特別号)」1933(昭和8)年6月1日 |
入力者 | kompass |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2011-08-15 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 22 ページ(500字/頁で計算) |
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[#ページの左右中央]
大庭悠吉 三十一
同 空子 二十三
女中かな 二十
児玉的外 五十六
同 初男 十
新聞配達 二十一
[#改ページ]
五月末の日曜日昼近く
東京郊外のどんづまり
大庭悠吉の住居――新しい文化住宅
舞台正面は座敷の縁、二階から突き出た露台。庭を距てゝ狭い道路
右手、庭の一隅に物置、その前を通つて勝手口へ廻れるやうになつてゐる。
女中のかなが、座敷の掃除をしてゐる。御用聞きの声らしく「今日は」
かなは台所の方に向つて
かな 酒屋さんね、あゝ、今日はなんにもなかつたわ。
声 みんなお留守……?
かな えゝ。旦那さんは昨日からずつとだし、奥さんも、昨夜遅くお出掛けさ。
声 何処へ行つたんだい、奥さんは?
かな お里よ。ほら、神田なのよ、お里は、……。近頃、旦那さんとは、ろくに口も利かないのよ。昨夜も、また、旦那さんが帰つて来ないもんだから、たうとう、業を煮やして、「あたしや、陸坊を連れて里へ帰るからね、もしお帰りになつたら、さう申上げといておくれ」つて、あんた、十一時よ、もう……。それがさ、出掛けに、またかういふのよ。「万一、今夜お帰りにならなかつたら、あたし覚悟があるからね。いづれ、明日のお昼頃、様子を見に帰るけど、旦那さまには、お前からなんにもいふ必要はない。たゞ、朝でもお帰りになつて、あたしはつてお訊きになつたら、今朝出掛けたつていつておくれ。いざつていふ場合、こつちに弱味がないやうにしとくんだから……。わかつたかい。間違ふと承知しないよ」――かうなのよ。あたし、面喰つちやつたわ。旦那さんが帰つて来るまでに、奥さんが帰つてくれゝばいゝつて、さう思つてるとこよ。だつて、あたしが、嘘をついてさ、あとで、二人が仲直りをして御覧よ。こつちや、旦那さんに体裁が悪いぢやないの……。
この時、玄関の戸があく。かなは、急に口を噤み、台所へ目くばせをして玄関に出る。
主人、大庭悠吾が、折鞄を提げてはひつて来る。かながその後に続く。
大庭 奥さんは?
かな あの……ちよつとお出掛けになりました。
大庭 どこへ?
かな さあ、多分、東京へでございませう。
大庭 陸坊を連れてかい?
かな はい。
大庭 いつごろ出掛けたんだ?
かな えゝと……今朝ほどでございますけれど……。
大庭 今朝ほどはわかつてる。何時ごろだつて訊いてるんだ。朝早くか、たつた今か、それをいへばいゝんだ。
かな 只今何時でございませう。
大庭 今は十時だ。
かな それぢや、九時ごろでございます。
大庭 ふうん……(あたりを見廻す)昨夜おれが帰らないで、またヒステリーを起したんだらう。
かな いゝえ、別に……。お昼はどういたしませう。
大庭 何がある?
かな 昨晩のお煮つけが残つてるきりでございます。
大庭 そんなもん、…