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![]() しょくぎょう(きょうくんげき) |
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作品ID | 46854 |
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著者 | 岸田 国士 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「岸田國士全集6」 岩波書店 1991(平成3)年5月10日 |
初出 | 「文芸春秋 第十一年第八号」1933(昭和8)年8月1日 |
入力者 | kompass |
校正者 | Juki |
公開 / 更新 | 2008-06-16 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 23 ページ(500字/頁で計算) |
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ある新劇団の稽古場。
正面に黒の無地幕。部屋の中央に一脚のベンチ。ほかの家具類は悉く片隅に寄せてある。そこには、椅子卓子などの外に、若干の小道具――乳母車、バケツ、洋刀、パラソル、三脚、毛布などが纏めて置いてある。右手に柱時計。
数名の男女俳優(又は研究生)が、思ひ思ひの姿勢で雑談を交してゐる。
男優B 本を読むと、どんなもんでもみんな台詞にしたくなるね。
女優B′ 役者になりたてはそんなもんよ。
男優B ぢや、君もおつつけ、さうなる組だ。
男優C 僕は、一昨日の晩、あれ見に行つたよ。
女優C′ 十人座でせう。どこか新鮮なところがありやしない。
男優B 新鮮でも未熟な果物は腹をこはす。
女優C′ あたしは、新劇を見ると頭痛がするの。
男優B さういふ症状もある。
女優B′ (台詞の調子で)……「あたし、誰かと騒ぎたいな。新しい着物を着たせゐかも知れないわ。ねえ、なんかして遊びませうよ。あんた、村へ行かうておつしやつたわね。行きませうよ。行きたいわ、あたし……舟へ乗りませうね。草の上でお弁当をたべたり、森の中を歩いたり……。今夜は月がいゝかしら……。あら、変ね、あたしのあげた指環、はめてらつしやらないの……」
男優D 「なくしちやつた」
女優B′ 「だから、あたしが拾つたの」
男優C 演し物はまあ、あれでいゝさ。たゞこつちで練習用に使つてるとも知らずに、のめのめと舞台へ掛けたもんだから、可哀さうに、あらが丸見えだ。
女優D′ 稽古不足なのね。
男優B あの稽古ならいくらやつてもおんなじさ。
男優C 芝居をしてる本人たち、あれで面白いのかしら……。
男優D 子供は玩具をやらなくつても遊ぶもんだ。
女優B′ (また台詞の口調で)……「おゝ、神様、なぜあなたは、真実そのものに[#挿絵]をおつかせになるのです……」
女優C′ ……「どうぞ、そんなお話はおやめ下さいまし。それよりも、お天気のお話を、花のお話を、あなた様のお髪やわたくしの帽子の話をいたしませう……」
男優E (次の部屋からはひつて来て)「さうだ、なんでもお前の好きなものの話をしよう。わしが生命よりもいとしく思ふその清々しい微笑を消さずに、お前の唇のうへを通るものなら、それこそ、どんな話でも聴かう……」
女優D′ まづいなあ。
この時、別の入口から、男優Aがはひつて来る。一同起ち上つて会釈する。
男優A 今日の科目は即興劇……これで、今学期は終りだから、少しむつかしい問題を出す。今迄やつた即興劇は、大体筋書をきめ、役もいちいち振り当ててやつたんだが、今日は、筋書もないし役割もその場で自分が作るやうにするんだ。つまり、めいめいが勝手に「ある人物」になる。そしてお互ひに協力して筋を仕組んで行く。これは一定の目標がないだけに、各人の想像力を存分に発揮できるが、ま…