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空の悪魔(ラヂオ・ドラマ)
そらのあくま(ラジオ・ドラマ) |
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作品ID | 46855 |
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著者 | 岸田 国士 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「岸田國士全集6」 岩波書店 1991(平成3)年5月10日 |
入力者 | kompass |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2011-08-15 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 22 ページ(500字/頁で計算) |
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[#ページの左右中央]
酒井欽蔵 (四十八)
妻 いく (四十五)
娘 加代 (二十四)
息子 鉄蔵 (十八)
娘 美代 (十六)
店員 庄市 (三十)
其他
[#改ページ]
解説 東京山の手の裏通りに、さゝやかな店を構へてゐる時計商、酒井欽蔵の一家、物語の中心はこの一家であります。帝都は既に敵機襲来に備へて、警戒管制が敷かれてゐるのです。蒸し暑い真夏の夜のことです。
店先に並んだ大小幾十の時計が一斉に時を刻んでゐる。やがて、オールゴール入りの眼覚し時計が平和なメロデイを奏ではじめる。これは、今、主人欽蔵が店先で修繕をしてゐるのだ。
奥の部屋で
妻いく こんな晩に、仕事をする人つてあるか知ら……全く変りもんだよ、お父つあんは……。
娘加代 鉄ちやん、もう起しといた方がよかない? 若しか、急に出て行くやうなことがあると、晩御飯も食べないぢや、お腹を空かすわよ。
いく さあ、お腹もお腹だけど、昨夜からあの通り眠つてないんだからね。お握りでもこさへといてやらうよ。
加代 なんだか元気がなささうなんだもの。いやだわ、あたし。かういふ時は、もつと勇ましさうにしてゝくれなきあ、張合がないぢやないの。
いく そこへ行くと、兵隊に行つてただけあつて、庄さんなんかきびきびしたもんさ。まるで、お祭へでも出掛けるやうな……。
加代 さうよ、あれも普通ぢやないけど、鉄ちやんみたいにしてると、人が変に思ふわね。臆病なんだと思はれてよ。
いく 臆病かね、あれで……。
加代 ほんとはどうだかわからないわ。十八の子供にしちやあれで、なかなか図太いところがあるんだけど……五円のお小遣ひきりで、北海道を一とまはりして来るなんて、ちよつと出来ない芸当よ。
いく (突然、頓狂な声で)あゝ、びつくりした。いやな美代ちやんだよ。そんなもの、今頃からくつつけてどうすんの。
娘美代 (防毒マスクをつけた声で)兄さんのをちよつと借りたのよ。これをつけて、毒瓦斯の中へ飛び込んで行くんだわ。重いわよ。
いく また、兄さんに叱られるから……。
美代 (マスクを外して)ほんとに戦争あるの。嘘見たいでしやうがないわ。お父つあん、だつて、あんな平気な顔してお店に坐つてるぢやないの。
欽蔵 (はじめて)お美代……。
美代 なあに?
欽蔵 鉄蔵を起して来い。
美代 よく眠てるわよ。
欽蔵 いゝから起して来い。
時計のねぢを巻く音。オールゴール。
美代が階段を走り上る音。
美代 兄さん。
鉄蔵 …………。
美代 兄さんつたら……。
鉄蔵 …………。
美代 可哀さうね。こら、兄さん、起きるのよ。
鉄蔵 (飛び起きたらしい)
美代 あら、そんなに吃驚りしないだつていゝわ。
鉄蔵 畜生……。
美代 お父つあんが起して来いつて云ふんだもの…