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浅間山
あさまやま
作品ID46862
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集5」 岩波書店
1991(平成3)年1月9日
初出「改造 第十三巻第七号」1931(昭和6)年7月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2008-04-13 / 2014-09-21
長さの目安約 68 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

浅間山の麓

萱の密生した広漠たる原野の中に、白樺、落葉松などの疎林が点在し、土地を区劃するための道路が、焼石の地肌をみせて縦横に延びてゐる。
緩やかな斜面に沿つて、粗末な小舎が一棟。斜面の尽きるあたりに、水量の乏しい渓流。温泉鑿掘のための櫓が、その岸に立つてゐる。
[#改ページ]

この物語の中に現れる人物

丹羽州太
同 二葉   その娘
時田思文   郵便局長
同 則子   その娘
小瀬川とね  州太の同棲してゐる女
新井 務   州太の助手
菰原献作   人夫頭
青木利元   二葉の婚約者
郵便配達夫
その他人夫大勢
[#改ページ]

     一

五月の末――昼すぎ。
小舎の入口。
正面のテラスに、籐椅子が一脚出してあり、窓越しに事務所風の部屋の内部が見える。
郵便局長時田思文(五十三)が自転車を押しながら現れる。テラスに上り、窓から部屋の中をのぞきこむ。

時田  なんだ、だあれもゐないのか。(入口の戸を開け)おとねさん、みんな留守かい。(返事がないので、一つ時躊躇してゐるが、やがて、テラスの上を歩きまはる。急に女の声色を真似て)おや、お珍しい。昨夜もあんたのお噂をしてたところですよ。(椅子にかけ、調子を変へ)わしの噂をかね。(苦りきつて)ちえツ! それがお世辞かい。(窓の中に、さも誰かゐて、それに話しかけるやうに)時に、大将、温泉の方はどうです。ちつとは、熱い湯が出ますかい。出る。よろしい。わしも、五百坪ばかり、土地を分けといて貰はうかな。坪弐円として、十円づゝの月賦ならよからう。

入口の窓が開く。小瀬川とね(三十二)が顔を出す。

とね  おや、お珍しい。何時いらしつたの。
時田  わしが来る時は、みんなどつかへ隠れてるのかね。
とね  あんた、お一人……? 変だね。今、話声が聞えたと思つたけれど、耳のせいか知ら……。こゝへ来てから、よくそんなことがあるんですよ。静かすぎるからでせうね。
時田  静かすぎる、それやほんとだ。山鳩の声にでも返事をするつていふのがこの土地の笑ひ話だ。お前さんも、よく辛棒をするぢやないか。
とね  決心ひとつですね。まあ、中へはひつて一服お喫ひなさいまし。
時田  今日はまた忙しいだらう。二葉さんは、やつぱり二時の下りかね。
とね  よく御存じですね。
時田  郵便局をやつとつて、そんなことがわからんでどうする。おい、変な顔色するもんぢやない。中は見ないだつて、手紙の来かたでわかるよ。からだの具合でも悪いのかな。
とね  さあ、どうですか。
時田  かう云つちやなんだが、お前さんからすれや、ちつと具合が悪いな。娘さんの手前、万事、今迄通りつていふわけにも行くまい。大将はどうするつもりか知ら……。
とね  あたしや、どうだつていゝんですよ。ゐてわるけれや、帰るとこぐらゐあるんですから……。
時田  それやさうさ。…

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