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音の世界
おとのせかい
作品ID46866
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集5」 岩波書店
1991(平成3)年1月9日
初出「文芸春秋 第九年第十号」1931(昭和6)年10月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2008-04-13 / 2014-09-21
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


男甲
男乙
其の他
[#改ページ]

舞台は、連絡なき三つの場所を同時に示し得るやう、その空間を利用して、それぞれ独立した装置を施す。
三つの情景は、大体次の如き関係に配置されてゐればよい。

Aは、ホテルのアパルトマンに属する贅沢なサロン。

Bは、別のホテルの一人用寝台附小室。

Cは、ある商店の電話室。
[#A、B、Cの図省略]
[#改ページ]

時刻は午後九時。

Aの部屋では、男甲がソフアに倚つて夕刊を読んでゐる。その妻らしき女が、隣室から出て来る。

女   ちよつと、大きい方のトランクを開けて頂戴な。
男甲  もう寝るんだから、明日にしたらどうだ。
女   今、いるもんがあるのよ。
男甲  なにがいるんだ。
女   いゝから開けて頂戴つたら……。

男甲、渋々起つて隣室にはひる。女、その後に続く。
この時、Bの部屋へ、男乙が、外から帰つて来る。帽子を被つたまゝ寝台の上に寝ころがる。が、すぐにまた起き上り、電話の受話器を外す。

男乙  もし、もし、都ホテルへ繋いでくれ給へ。あゝ、都ホテル……。もし、もし、そちら、都ホテルですか。楠見つていふ人ゐますね。えゝ、さうです、夫婦連れの……。今、ゐますね。僕の名前は云はなくつてもよろしい。すぐ繋いで下さい……。

Aの部屋の電話が鳴る。女が電話口に現れる。

女   もし、もし……えゝ、さうです。はい、どうぞ……。
男乙  ありがたう。あ、もし、もし……。
女   どなた様でいらつしやいますか。
男乙  今晩は……。僕だよ。
女   あゝ、さう……(ちよつと隣室の方に眼をやり)今、何処から……?
男乙  ステーシヨン・ホテルだ。さつきは失敬……。悪いと思つて黙つてたんだよ。そこにゐるの、大将……。
女   えゝ、ゐるわ。
男乙  僕の声聞えやしない?
女   さうね、あぶないわ。あなたも、旦那様と御一緒なの。まあ、ちつとも知らなかつたわ。お遊びにいらつしやいな。
男乙  どうだい、結果は……。あんまり新婚旅行らしくないぜ。
女   どうして……。

男甲、隣室より現れ、再びソフアに腰をおろす。夕刊を読み続ける。時々、上眼使ひに女の方を見る。

男乙  全く偶然なんだよ、今日、こんなところで、落ち合ふなんて……。僕、いよいよ出掛けることになつてね、明日の午後、神戸を発つんだよ。その前に、京都の友達に会つとかうと思つて、やつて来たのさ。
女   あたしたちが此処に泊つてること、よくおわかりになつたわね。
男乙  大概、見当がつくさ。電話なんかかけて悪かつたか知ら?
女   あんまりよくもないけど……。でも、うれしいわ。まだ赤ちやんはおできにならない? え? お嬢ちやんお一人……。ぢや、旦那様そつくりでせう。
男乙  やつぱり顔を見ると駄目だね。ちよつとでもいゝから声が聞きたくなるんだ。
女   あたしも…

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