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序文
じょぶん |
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作品ID | 46871 |
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著者 | 岸田 国士 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「岸田國士全集5」 岩波書店 1991(平成3)年1月9日 |
初出 | 「中央公論 第四十六年第二号」1931(昭和6)年2月1日 |
入力者 | kompass |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2008-04-16 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 21 ページ(500字/頁で計算) |
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マルセル・プルウスト 四十六
アンリ・モルビエ 三十四
ジャック・グランジュ 五十二
看護婦 二十五
下男 四十
巴里――プルウストの病室
[#改ページ]
プルウストは、寝台の上に半身を起し、看護婦に脈を取らせてゐる。
モルビエ (黙つて、傍らの新仏蘭西評論を取り上げ、バラバラと頁を繰る。看護婦が出て行くのを見送つた後)兎に角、この間の編輯会議でも、そのことはかなり問題になりました。みんな、その序文を早く見たいもんだつて云つてゐました。なにしろ、アナトオル・フランスが「ラ・ギヤルソンヌ」の序文を書いたのと、丸で訳が違ひますからね。
プルウスト …………。
モルビエ われわれの仲間は、ジャック・グランジュといふ男を、文人としてもですが、殊に、画家としてはまるで認めてはゐないんですからね。社交界に顔の売れた男としてなら、誰でも識つてゐます。なるほど、大家の肖像を可なり描いてゐるといふ話ですが、それだけで、芸術家の仲間入りは出来ませんからね。バレス、ハアディイ、ジイド、ジャム、それから、プルウスト…………。
プルウスト (眉を寄せる)
モルビエ 誰が、その肖像を真面目に批評しました。彼がさういふ得難い機会を捕へたといふのは、畢竟、彼が子供の時、偶然、ドガのモデルになつたといふ事実と同じです。おまけに、彼の小説といふやつをお読みになりましたか。「天使がなんとか」つて題の…………。僕も読んではゐませんが、愚劣なもんださうですね。
プルウスト (また顔をしかめる)
モルビエ (それにかまはず)今度出るつていふ「文字による肖像」ですか、内容は、断片的に知つてるんですが、彼にセザンヌの何処がわかるんです。ファンタン・ラトゥウルをどう見てるんです。
プルウスト 批評とは云へないさ。
モルビエ なほさうです。彼は、例の饒舌で、楽屋噺をして聴かせる。それが、彼の見栄です。あなたの序文を貰ひたかつたのも、その見栄の延長ですよ。あなたのやうな人から、モン・ナミ・ジャックとかなんとか云つて欲しいからなんです。
プルウスト さう呼んでもいゝんだから、しかたがない。
モルビエ 幼馴染としてゞすか。しかし、あなたの芸術的地位が、今は、もう、それを許しません。あなたの書かれたものは、一言一句、新時代に芸術的影響を及ぼすものと思つて下さらなければ困ります。あなたが、序文を引受けられたといふ話だけで、既に彼の才能は不当に高く評価されようとしてゐるんです。無論、一部での話ですが…………。
プルウスト それならいゝさ。
モルビエ 実は、この間も、その話を開いて、是非それだけは止めて貰はうなんて、こゝへ押しかけて来さうにした連中がゐました。僕が、今は面会謝絶で駄目だつて云ひますと、そんなら、電話で話さうといふわけです。…