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世帯休業
せたいきゅうぎょう |
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作品ID | 46872 |
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著者 | 岸田 国士 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「岸田國士全集5」 岩波書店 1991(平成3)年1月9日 |
初出 | 「朝日 第四巻第一号」1932(昭和7)年1月1日 |
入力者 | kompass |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2008-04-16 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 28 ページ(500字/頁で計算) |
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人物
夫 渋谷八十一
妻
詩人 鳥羽
妻の母
君い女 かも子
夫の友人 茶木
八百や
[#改ページ]
第一場
舞台は、すべて戸締りをした家の内部。正面やゝ高きところに鉄格子をはめたスリ硝子の小窓。外の光がその小窓から射し込んで、茶の間の一部をかすかに浮き出させてゐる。
表で戸をたゝく音。
声 留守ですか、僕です。おい、僕ですよ、奥さん、鳥羽ですつたら……。
やがて、正面の小窓が開く。長髪の男が家の中をのぞき込む。
男 今頃家をあけるなんて、しやうがないなあ。僕はまあ仕方がないとして、御亭主が帰つて来たら、問題だぜ、これや……。それとも、僕が国へ帰つたのを幸ひ、今日は夫婦連れで浅草へでも出掛けたかな。さうだとすると、僕は鍵をもつてないから、家ん中へはひることができない。どれ、鞄を縁の下へでも放り込んどいて、ひとつ、鴨子嬢のところへ遊びに行つて来よう。(硝子戸を締め、立ち去る)
この時、勝手の方から、洋服姿で折鞄を抱へた男が、のつそり部屋の中に現はれ、茶の間を横ぎつて座敷の方へ行く。しばらくして、またインバネスに手提鞄を提げた男が、同じく勝手の方からはひつて来る。後から来た男は、そこへ立ち止つて、奥の方をすかしてみる。
男 (半ば恐る恐る)誰だ、そこにゐるのは?
奥の声 さういふ君こそ誰だ。
男 名前を言つても、恐らくは知るまい。
奥の声 なんの用があつて、はひつて来た?
男 それは、こつちからきゝたいくらゐだ。
奥の声 僕は、この家の主人だ。
男 戯談言ふな。おれはこの家の下宿人だ。
奥の声 鳥羽さんなら国へ帰つてる筈だ。
男 おや、おれの名前を知つてやがるな。君はおれの詩を読んだことがあるか?
奥の声 無理に読まされたことはあるが、面白くないから、読んだふりだけしておいたんだ。
男 ところが、そんなふりをしたつて、なんにもならないんだ。こつちは、どうせ、書き損ひしか読ませないんだ。それはそれとして、奥さんはどうしたんです。
奥の声 しばらく家にゐないんです。あんたは予定変更ですか。
雨戸を繰りはじめる。家の中が急に明るくなる。
詩人 やあ、たゞ今。いよ/\親爺とは絶交しました。但し、お袋が今まで通り内証で仕送りをしてくれる筈ですから、別に慌てることもないわけです。奥さんが留守のせゐか、いやに家ん中が散らかつてますね。僕の部屋なんか、誰か掃除するんですか。
夫 無論、誰もしません。(洋服を脱いでドテラに着替へる)しかし、あなたが帰るまでには、家内も帰つて来ることになつてます。
詩人 僕は一週間の予定だつたんだから……すると、もうあと幾日です。
夫 あれが十六ン日(指を折り)明日、明後日、……しあさつていつぱいには帰る筈です。
詩人 それまで僕は、どうするんですか、飯なんかどうしてくれます?
夫 なんと…