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モノロオグ
モノロオグ
作品ID46873
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集5」 岩波書店
1991(平成3)年1月9日
初出「文芸春秋 第十年第六号」1932(昭和7)年6月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2008-04-28 / 2014-09-21
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

花茣蓙を敷きつめた八畳の日本間、寝台、鏡戸棚、テーブル、椅子等、すべて安物の西洋家具。寝台には、掛蒲団がなく、マトラスだけになつてゐるところ、テーブルの上に椅子が一脚、逆さまに載せてあるところ、この部屋が、今誰にも使はれてゐないことを示してゐる。
装飾と云へば、壁に、新聞の新年附録らしい美人画が、鋲で留めてあるきりで、そのほか、何か「歴史的な」ものを求めれば、柱の一本に、四月十七日の日附が出たカレンダアがぶらさがつてゐる。
正面は障子。左手は、一間の床の間と一間の押入。

曇つた日の午後四時過ぎ。

廊下で、ばたばたと跫音がする。
障子があく。女が現はれる。
派手なセル。流行遅れのショール。汚れた足袋。
部屋ぢうをひと通り見廻した後、彼女は呟く。
[#改ページ]

――ほんとだ。……やつぱし、ほんとだわ……。

部屋の中を、あつちこつち歩きまはる。寝台に腰をおろす。

――何処かへ越したんなら、この道具だつて持つてく筈だわ……。だつて、これみんな、要るものばかりぢやないの、お神さんが、いくらで買ひ取つたか知らないけど、あたしに云へば、掛合ひ方だつてあるわ……。

急に起ち上り

――だけど、随分ひどい人ね、あたしに黙つて、帰つちまふなんて……。いくらなんでも、そんなことつてないわ……。

椅子にもたれかゝり、涙ぐむ。

――それや、一月つていふのは、少し長すぎたけど、どうしても手の放されない患者だつたんですもの……。一晩、代りを頼んでと思つたこともあるわ。でも、やつぱり、気がとがめて……。あゝいふ時、手紙のやりとりが出来ないつていふのは、一番辛いのね。会つてゐれば、話が通じないぐらゐ、なんでもないわ。西洋の男つて、みんなあゝかしら……。こつちの思つてることを、すぐ察してくれるし、口を利かずにゐて、ちつともきまりがわるくない……。向うは向うで、独言みたいなことを云つてるんだけど、あたしは、そんなこと別に気に留めずに、可笑しければ、勝手に笑つたり、どうせわからないと思ふから、時々は、「馬鹿」だの「間抜け」だのつて、からかつてやつたわ。さうすると、しまひに、その意味がわかつたらしいの。「ワタシ、バカデス」つて云ひながら―――あゝ、よさう……あんなにいぢめられたことないわ……。

突然、寝台の上に突つ伏し、涙声で

――なぜ、そんなに急に行つちまつたの。あたし、今日も、うんとうんと、いぢめて欲しかつたのよ……。

からだを起し、腰をかけたまゝ

――変なもんね。あたしたち、あれから幾度会つたかしら……。去年の三月からだわ。一週に一度、十日に一度、長い時で二十日も会はずにゐたかしら……。病院の附添を、一つ済ますたんびに、きつと来ることにしてたんだけれど、あの人は、何時でも、愛想よく、あたしの肩に手をかけて、「ヨクキマシタ」つて云ふの。それだけで、あたしは、もう、うれし…

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