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続癩院記録
ぞくらいいんきろく
作品ID46908
著者北条 民雄
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 北條民雄全集 下巻」 東京創元社
1980(昭和55)年12月20日
初出「改造」1936(昭和11)年12月
入力者Nana ohbe
校正者伊藤時也
公開 / 更新2010-10-17 / 2014-09-21
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 十個の重病室があり、各室五名づつの附添夫が重病人の世話をしてゐることはさきに記したが、これらの附添夫も勿論病人であり、何時どのやうな病勢の変化があるか解らない。そこでこれらの附添夫――附添本官と呼ぶ――が神経痛をおこしたり肋膜炎にやられたりすると、健康舎から臨時附添に出なければならない。これは二三ある義務作業のうちの一つであるが、この場合も作業賃は十銭が支給される。隔離病室、男女不自由舎等これと同一で、これらの臨時附添はイロハ順に廻つて来るので一ヶ年一回は誰でも番があたる。勿論体に故障の生じてゐる場合や、その他のつぴきならぬ事情のある場合はその限りでないが、さうでない限り誰でも自分の仕事を捨てて出なければならない。臨時附添は十五日を限度とし、本人の希望でない限りそれ以上続ける必要はない。
 五人の付添夫は順番に当直を務め、非番のものは配給所へ飯その他を取りに出かけたり、病人――附添夫たちはベッドに就いてゐる人々を病人と呼んでゐる――の頼みによつて売店へ買物に出かけたり、色んなこまごました仕事を各自担当してゐる。なほ、当直には一名の助手がつき、これを「助」と呼んでゐる。当直者はその翌日一日休みになつてゐて、昼寝をしようが他の舎へ遊びに行かうが自由である。
 私はここへ来てから附添夫になつたのはまだ三回臨時に出かけただけであるが、その時の日記を少し抄出してみよう。
一九三四年九月三日。
 今日の当直。朝から大変忙しい。今は夜の十一時十五分。初めて当直のこととて何かと迷ひ、気疲れにぐつたりしてゐるが、書いて置けばまた何かの役に立つこともあらう。
 起床五時半。雨。昼頃になつてやみ、薄い雲を透して太陽がさし始める。夕方になつて再び降り出したが、夜になつてやむ。
 六時十五分。配給所へ味噌汁をとりに出かける。本日の献立――昼(豆腐)。夜(馬鈴薯煮付)。帰つて黒板に記す。
 六時半。朝食。
 七時。昨日の当直人と代り、室を自分に渡される。「北條さんお願ひします。」とM氏。ちよつと儀式的な感あり。氏の顔は緊張してゐる。
 七時半。室内の掃除。初めて使ふ掃布に汗をかく。
 八時。盲目数名に煙草を吸はせる。うち一名に葉書の代書。
 九時。お茶の時間なり。病人たちに注いでやる。煙草を吸はせてやる。
 九時半。外科出張あり。病人たちの繃帯を解いてやるのが当直の仕事。「助」氏も手伝つてくれる。室内は膿汁に汚れたガーゼと繃帯でいつぱい。悪臭甚し。マスクをかけよと自分に奨めるものあり。マスクなど面倒なり。
 十時。室内の掃除。汗。
 十時半。昼食。ただし病人たちのこと。煙草を吸はせてやる。
 十一時ちよつと過ぎ。附添夫たち昼食。
 十一時半。病人たちの滋養品「卵」「牛乳」来る。お茶の時間なり。各病人に湯ざましを造つてやる。
 十二時。掃除。ただし箒のみ。
 二時。ニンニクの皮をむかさ…

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