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発病
はつびょう |
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作品ID | 46913 |
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著者 | 北条 民雄 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「定本 北條民雄全集 下巻」 東京創元社 1980(昭和55)年12月20日 |
入力者 | Nana ohbe |
校正者 | 伊藤時也 |
公開 / 更新 | 2010-10-17 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 10 ページ(500字/頁で計算) |
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いつたいに慢性病はどの病気でも春先から梅雨期へかけて最も悪化する傾向がある。結核などはその著しい例であらうと思ふが、癩もやはりさうで、この頃になるとそれまで抜けなかつた頭髪が急に抜け始めたり、視力が弱つて眼がだんだんかすんだり充血したりする。私もこの春突然充血した眼が、いまだに良くならないでゐる。勿論その頃に較べるとずつと良くなつたし、それに秋がもう始まつてゐるのでだんだん良くなつて行きつつあるが、それでも一度充血するともう完全な恢復は不可能である。それ以来ずつと視力が衰へて、夜などちよつと無理をして本を読み過ぎたりすると、翌日は一日中じくじくと眼の中が痛む。何かひどくしみる薬液――たとへば硝酸銀――をさされたやうで、黒い眼鏡でも掛けない限り、明るい屋外を歩くことが出来ないくらゐである。まことにそれは憂鬱なものである。
だから、癩の発病も定つて春さきで、秋や冬に発病したといふのは非常に少い。私が発病したのもやはり春、四月頃だつたと記憶してゐる。発病とは無論自覚症状を言ふのであつて、それまでには病勢は相当進んでをり、彼等は長い潜伏期のうちに十分の準備工作を進めて居るのである。
自覚症状に達する前一ヶ年くらゐ、私は神経衰弱を患つて田舎でぶらぶら遊んでゐたが、今から考へて見るとそれは既に発病の前兆だつたのである。変に体の調子が悪く、何をやるのも大儀で、頭は常に重く、時には鈍い痛みを覚えた。極端に気が短くなつて、ちよつとしたことにも腹が立つて、誰とでも口論をしたものであつた。
それでゐて顔色は非常に良く、健康そのもののやうだと人に言はれた。両方の頬つぺたが日焼けしたやうにぽうと赧らんで、鏡など見ると、成程これは健康さうだと自分でも驚いたくらゐであつた。従姉などに会ふと、お前は何を食つてそんなに顔色が良くなつたのか、神経衰弱なんてうそついてゐるのだらうと言はれた。そしてこれが、やがて来るべき真暗な夜を前にして、ぱつと花やぐ夕映えのやうなものであらうとは、私は無論知らなかつた。
そのうち年が更つて一ヶ月もたたぬうちに私のその健康色は病的な赤さに変つて、のぼせ気味の日が続き、鼻がつまつてならなくなり出した。医者に診て貰ふと鼻カタルだと言はれた。それで一日三回薬をさしたが、ちつとも効かないで日が過ぎた。
かうして二月も半ば過ぎた或る日、私は初めて自分の足に麻痺部のあることを発見した。どういふ工合にして知つたのかもう忘れてしまつたが、ひどく奇異な感じがしたので、何度も何度もつねつて見たり、ためしに針をつきたてて見たりしたのを覚えてゐる。をかしいと思つたが、しかし別段かゆくも痛くもないことなのでそのままほつたらかして置いた。ところが、さうしたことがあつてから間もない或る日、寝転んでぱらぱらとめくつてゐた雑誌に癩のことが書かれてあるのを発見し、好奇心にかられて読んで見…