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作品ID | 46985 |
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著者 | 下村 千秋 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「あたまでっかち――下村千秋童話選集――」 茨城県稲敷郡阿見町教育委員会 1997(平成9)年1月31日 |
初出 | 「赤い鳥」赤い鳥社、1925(大正14)年7月 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | 富田倫生 |
公開 / 更新 | 2012-03-18 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 11 ページ(500字/頁で計算) |
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一
頭は少々馬鹿でも、腕っぷしさえ強ければ人の頭に立っていばっていられるような昔の時代であった。常陸の八溝山という高い山の麓の村に勘太郎という男がいた。今年十八歳であったが、頭が非常によくって、寺子屋で教わる読み書きそろばんはいつも一番であった。何を考えても何をしても人よりずばぬけていた。しかしその時代にいちばん必要な腕っぷしの力がなかった。体は小さく腕や脚はひょろひょろしていて、自分より五つも六つも年下の子供とすもうを取っても、たわいもなく投げ飛ばされてしまった。
だから勘太郎は人前に出るといつも小さくなっていなければならなかった。勘太郎から見れば馬鹿としか思われない男が、ただ腕力があるばかりに勘太郎をいいように引きまわしていた。勘太郎はそれを腹の中でずいぶんくやしがりながらも、どうすることも出来なかった。
勘太郎の村から十丁ばかり離れた所に光明寺という寺があった。山を少し登りかけた深い杉森の中にあって、真夏の日中でもそこは薄寒いほど暗くしんとしていた。この寺には年寄った住職と小坊主一人が住んでいたが、住職はついに死んでしまい、小坊主はそんなところに一人では住んでいられないと言って、村へ逃げて来てしまった。
それから四、五年の間、その寺は荒れるままに任せて、狐や狢の住み家となっていたが、それでは困るというので、村の人たちは隣村の寺から一人の若い坊さんを呼んで来てそこの住職とした。すると十日もたたないうちに、その住職は姿をくらましてしまった。やっぱり若いから一人では恐ろしくて住んでいられないのだろうと村の人は思い、今度は五十ぐらいのお坊さんを外の寺から頼んで来てその寺に住まわせた。が、このお坊さんは十日とたたぬうちに死んでしまった。いや死んだのではなく頭だけ残して胴や手足は骨ばかりになって殺されていたのであった。おおかた何かの獣に食われてしまったのだろうと村の人たちは言い合った。
三人目のお坊さんが外の寺から頼まれて来た。このお坊さんは元は武士であったので、今度は獣の餌食になるような意気地なしではなかろうと、村の人たちは安心していた。
ところが五、六日してこの坊さんは、左腕をつけ根の所から何かに食い取られて、生き血を流しながら村へ逃げて来た。
「どうしたのだ、何奴に食われたのだ。」と村の人たちはよってたかってきいた。
「鬼だ。あの寺には鬼が住んどる。口が耳まで裂けている青鬼赤鬼が何匹もいて、おれをこんな目に会わしたのだ。」と坊さんは苦しそうな息をしながら話した。
それを聞いた村の人たちもびっくりしてしまった。
「四、五年の間、あの寺を空き家にしといたので、その間に鬼どもが巣をくったのだろう。」
「そうだ。最初の坊主の姿が見えなくなったのも、二番目の坊主が骨ばかりになって死んでいたのも、皆鬼にやられたのだ。えらいことになったものだ。」
村の人…