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![]() しいたけとゆうべん |
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作品ID | 46990 |
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著者 | 岸田 国士 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「岸田國士全集7」 岩波書店 1992(平成3)年2月7日 |
初出 | 「世界 第五十一号」岩波書店、1950(昭和25)年3月1日 |
入力者 | kompass |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2011-11-09 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 44 ページ(500字/頁で計算) |
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舞台は全体を通じ黒無地の幕を背景とし、人物の動きを規定する最小限の小道具を暗示的に配置する。
各場面の転換は暗転式とし、装置にはなんらの変更を加へず、時間の無意味な断絶を避ける。
ファンタスチックな伴奏音楽を使つてもよい。
人物の扮装は、できるだけ様式化したものでありたい。
一ノ一
昭和農産工業社の社長室。
アカハラ、考へ込みながら登場。室内をぶらぶら歩きまはる。
アカハラ すべてやり方を変へなけれやならん。政治も教育も、今までは、まるであべこべのことをやつてゐたやうなもんだ。商売もその通り、目前の利益ばかり考へて、いつたい何ができる? しかし、問題は、損をして得をとる機会がいつ来るかといふことだ。損はこつち、得は向うではなんにもならん。昭和農工創立二十年、おれも来年は五十九だ。便々として靴のかゝとを擦りへらしてゐる年ぢやない。市会議員当選の夢もいまだに夢のまゝ残つてはゐるが、郷土産業発展の捨て石になる覚悟をきめた以上、名をとるか、実をとるか、こゝが思案のしどころだ。名実相伴ふ行動が無理とあれば、平凡ながら名を後に、実を先にといかうか? いやいや、それでは旧態依然、なんの変りばえもない。さて、社内の刷新といふことだが、手をつけるとすれば、まづ、人員整理といふことになる。人間の屑ばかりよくも集めたもんだ。製産コストは上る。販売ルートは塞がる。事務能率はめちやめちやに下る。これでいつたい赤字の出ないわけがあるか? そこへもつて来て、交際費の膨脹と来てゐる。今後は絶対に卑屈な取引はやめだ。お茶いつぱいで商談といかう。事務所でお茶をいちいち出す必要はないといふ、さる方面の意見はなるほど尤も千万だ。おうい、製作部長、営業部長、ちよつと来たまへ。
ノロミとナベタ登場。
アカハラ だいたいにおいて、君たちは、椎茸菌といふものを、生きものとして取扱ふ観念が足らんよ。生きものの特色はどこにあると思ふかね? ナベタ君!
ナベタ 栄養が必要だといふことでせうか?
アカハラ そんなこと当り前だ。自然に繁殖するといふことだ。ひとりでに殖ゑるこつたよ。いゝかね。それがひとつ。
ナベタ はあ。
アカハラ もうひとつは? ノロミ君!
ノロミ さうですなあ、なにかに感じるといふことも、ひとつございますネ。
アカハラ そんなことぢやない。死んだらおしまひだつていふことだ。いゝかね、殺したら元も子も無くなるんだよ。
ノロミ それはその通りで……。
アカハラ だからさう言つてるんだ。君たちは、なんにもわかつてないぢやないか。え、さうだらう? 椎茸菌は、なんのために培養するんだい。培養された菌糸は、どういふ状態におき、発送にどういふ注意が必要かといふことは、社内全体のものが心得てゐなければならん初歩の知識だよ。わが社専売のクサビ式はだ。かのオガクズ式なんかより、その…