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女人渇仰
にょにんかつごう |
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作品ID | 46992 |
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著者 | 岸田 国士 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「岸田國士全集7」 岩波書店 1992(平成3)年2月7日 |
初出 | 「文学界 第三巻第七号」1949(昭和24)年9月1日 |
入力者 | kompass |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2011-11-09 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 31 ページ(500字/頁で計算) |
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舞台は黒幕の前、左手と右手にそれぞれ室内を暗示する簡単な装置。中央は街路。照明の転換によつて、この三つの部分が順々に利用される。
最初は、中央の街路上に二つの人影。
老人 ひとりつきりになつたね。
少女 おぢいさんは、さつきから、なにしてるの?
老人 なんにもしてない。歩いてゐるだけだ。お前が、そこに立つてるのとおなじさ。
少女 あたしたちは、たゞ立つてるだけぢやないわ。誰かしらに用事があるんだわ。
老人 なるほど、あんなに多勢ゐたお前の仲間は、みんな誰かしらとどこかへ行つてしまつた。お前はどうしていつまでもこゝにゐるんだい?
少女 わかつてるぢやないの。誰もあたしと一緒に行かうつていはないからよ。うそだわ。ひとりゐたわ。でも、あたし、いやだつたの。こわいみたいな男だつたから。
老人 むろん誰とでもいゝつてわけにはいくまい。みんな自分でこれと思ふのを探してゐるぢやないか。当り外れはそれやあるだらう。お前が撰んだ相手は、あひにく、お前ではといふんだな。
少女 さういふもんよ。あたしはそんなに撰り好みはしない方だわ。日によるのよ。
老人 お前はおれのやうな年寄りでもかまはないか。
少女 いやだわ。おぢいさんはそんなつもりでゐるの。変つたおぢいさんね。いつまでもこのへんを往つたり来たりして、どうもをかしいと思つてたわ。どうしてもつと早く、好きなひとをみつけないの? それこそ話すだけ話してみたらいゝのに。おぢいちやんがいゝつていふひとだつてあるのよ。
老人 さうかね、さういふのは四十ぐらゐのお婆さんだらう。
少女 よく知つてるのね。四十六のひとがゐてよ。ついさつきまでゐたわ。でも、おぢいちやんが好きだつていふのは、ほかのひと、若いひとよ。まだ二十五よ。
老人 それはどうでもいゝが、さつきそのへんで、すれ違つた二人連れにはじめて声をかけられた。振り返ると、そのひとりが、「なんだ、おぢいちやんぢやないか」といつた。それにちがひないが、おれはちよつといやな気がした。
少女 気にすることないわ。勘ちがひしたのよ。ムダだと思つたのよ。
老人 ムダなこともあるだらう。ムダでないことだつてある。
少女 それで、おぢいさんは、今夜、あたしとつき合つてくれるの?
老人 どこまでのつき合ひができるか、お前さへ承知なら、行かう。おれはかういふ遊びははじめてなんだ。いくらあればいゝのかな。五千円しかないんだ。
少女 そんなにかゝらないわ。
老人 かうして一緒に歩いてゐると、家出をした孫娘を連れて帰るみたいだな。お前はいくつだ。
少女 十九。おぢいさんは?
老人 さあ、いくつといふことにしておかう。お前の家へ行くのか。
少女 家へは内証よ。すぐそこのホテルで部屋がかりられるの。こゝよ。ちよつと待つてね。さ、はいつていゝわ。
老人 なるほど。
少…