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速水女塾
はやみじょじゅく
作品ID46993
副題四幕と声のみの一場よりなる喜劇
よんまくとこえのみのいちばよりなるきげき
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集7」 岩波書店
1992(平成3)年2月7日
初出「中央公論 第六十三年第七号」1948(昭和23)年7月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-08-20 / 2014-09-16
長さの目安約 111 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     時
昭和二十二年、春から夏にかけて

     処
東京の都心に遠い某区ならびに沼津海岸

     人
速水桃子  六十九  速水女塾旧塾長
同 秀策  七十二  その夫、元代議士
同 思文  二十六  その息子
八坂登志子 三十五  その娘、元満洲国官吏八坂直光の妻、新塾長
相馬佐   四十   元ハルビン・オリエンタル・ホテル支配人
平栗高民  五十五  女塾の幹事
木原基   四十六  教頭、公民の教師
小浜しゆん 三十八  家事の教師
月ノ木直枝 二十三  音楽の教師
蕗小路常明 五十二  礼法、茶道の教師
磯村甲吉  五十   割烹の教師
橋爪愛作  六十   小使
同 ちか  三十三  その後妻
諸住泰介  二十九  算数の教師
向笠順三  二十七  国文と英語の教師
紅林高子  三十二  沼津紅白寮の寮長
柴山ふき子 三十六  紅林の旧友、ブローカー
女生徒A、B、C、D、E、その他おほぜい
女事務員
[#改ページ]


第一幕

速水女塾の塾長室。正面は廊下に、左手は校庭に面した広い部屋。
右手、プロセニウムに近く、書棚を背にして塾長用のデスク。その奥に帽子掛兼用の衝立。教職員の名札が序列の順にかかつてゐる。
衝立の向ふは事務室に通じるドア。
中央左手寄りに大きなテーブル。その周囲には同型の椅子が並んでゐる。
参考品の陳列棚、優勝旗、カップなど。
左手正面奥に、廊下に通じるドア。
横額の一つは「玉不磨則無光 為速水桃子女史 駿堂書」といふ類ひのもの。
三月中旬の午後四時頃。風が強く、左手の窓から西日が射し込んでゐる。
放課後の静けさ。
一人の女生徒が正面のドアをそつと開けて室内をひとわたり眺めまはす。やがて、ためらひながらはいつて来て、テーブルの下や、陳列棚の奥などをのぞいて歩く。
平栗高民がその間に事務室の方からはいつて来て、この様子をぢつとみてゐる。

平栗  なにをしとるんだ、いつたい?
女生徒A  (驚いて立ちすくむ)
平栗  塾長先生のお部屋へなんぞ黙つてはいつて来て、なにをする気だ、おまへは?
女生徒A  (もぢもぢして、答へない)
平栗  図々しいにもほどがある。早く出て行きなさい。

女生徒A、急に泣き出しながら出て行く。
木原基が事務室の方からはいつて来る。

木原  平栗さん、ちよつと話があるんだが……。ここを借りるか?
平栗  (その方は向かずに)どこでもいいですよ。木原先生は今日は宿直ですか?
木原  冗談はよしてもらはう。僕は毎日宿直をするくらゐなら小使になるよ。火の気のない部屋と女ッ気のない家は、僕の性に合はんのだ。
平栗  なにを、えらさうに……。いくら時代が変つたからつて、先生がそのもつともらしい顔で、くだけた口を利くのはをかしいや。第一、先生の授業はそのわりに生徒にうけないのはどうしてでせう。しか…

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