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道遠からん 四幕
みちとおからん よんまく |
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作品ID | 46994 |
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副題 | ――または 海女の女王はかうして選ばれた―― ――または あまのじょおうはこうしてえらばれた―― |
著者 | 岸田 国士 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「岸田國士全集7」 岩波書店 1992(平成3)年2月7日 |
初出 | 「人間 第五巻第六号」1950(昭和25)年6月1日 |
入力者 | kompass |
校正者 | 門田裕志 |
公開 / 更新 | 2011-11-03 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 98 ページ(500字/頁で計算) |
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原始の面影をそのまゝ伝へたやうなところと、近代の文明が到りついたところとを、あらゆる点で混ぜ合せた、ある時代の、ある地方の漁村である。
女性によつて社会及び家庭生活の主導権が握られてゐるために生じた風俗の転倒がみられるほか、人間の思想にも心理にも、その未来像らしいものは少しも示されてゐない。両性はそれぞれ、両性にふさはしい習慣のいくらかを失つてゐるかもしれないが、それにも拘はらず、男は男、女は女にすぎぬことをしばしば立証する。
第一幕
漁師の住ひとわかるひろい部屋。右手は勝手の土間に通じてゐる。部屋は中庭からすぐに上れるやうになつてをり、中央に低いテーブル、その周囲に腰掛と茣蓙。ラヂオと煽風器。
年の頃まちまちな男たち、あはせて八、九人が、テーブルを中心に、思ひ思ひの姿勢で坐つてゐる。
シゲ、ナミ、フデ、ロク、ヒサ、サキ、アヤ、シノ、ユキである。
サキ そんなこと、このおれが知るかい。おれは、自分の好き勝手で、この商売をはじめたんだ。別に誰にも気がねはいらねえと思ふんだ。女房を遊ばせとく法はねえと、お前らはいふが差引勘定、その方がどうもこつちの得になると思ふから、女房に暮し向きの心配はさせないだけよ。
フデ 口実はなんとでもつくさ。とにかく男の特権を放棄する前例を作つたなあよくないよ。みろ、そのうちに働きのある男でなけりや相手にしないつていふ、横着な娘ツ子がうようよでて来ないとも限らないから……。
シノ さうよ。さうなれや、また、三百年前へ逆もどりだ。
サキ そんな心配はいらねえよ。
アヤ まつたくだ。そんな心配はいらねえ。そんな横着な娘ツ子はこつちが相手にしなけりやいいんだ。だが、床屋つて商売は、変な商売だよ。
フデ しかし、考へてみれや、一番、力のいらない商売だなあ。
シノ 力はいらない。しかし、ちよつとした技術はいるなあ。その証拠に、サキのところが一番はやつてるもの。わしだつて町の床屋や、トチ婆さんのところへ行く気にはならないもの。
フデ トチ婆さんに、首を撫でられると、おれはぞつとするよ。――お前の耳たぶはいい恰好だね、なんて、顔をくつつけて来やがるのさ。
アヤ よせやい。お前はどうもよくねえ癖があるぞ。どういふ趣味だか知らねえが、四十婆の顔をみると、お世辞ばかりつかやがつて……。
フデ だつて、女も絵になるのは、やつとその年頃だもの。それに落付いてポーズはするし、絵具代は出すし、よかつたら、その絵、買つたげるなんて、三十以下の女は、言つたためしがない。
アヤ やい、シノ公。お前、今日は懐ろ加減はどうだ。
シノ 多少はもつてる。どうして?
アヤ どうしてぢやねえよ。持つてるなら町へ行かう。
シノ 今からか? 今夜、ちよつと都合がわるいんだ。
アヤ ひと晩ぐらゐ、すつぽかしてみなよ。あとが却つて面白いやな。
シノ …