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恨なき殺人
うらみなきさつじん
作品ID47001
著者宮島 資夫
文字遣い新字新仮名
底本 「日本プロレタリア文学集・3 初期プロレタリア文学集(三)」 新日本出版社
1985(昭和60)年6月25日
初出「新日本」1917(大正6)年9月号
入力者林幸雄
校正者大野裕
公開 / 更新2017-08-01 / 2017-07-17
長さの目安約 57 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 七月初めの日が頭の上でカンカン照りはじめると、山の中は一しきり、ソヨリとした風もなくなっていた。マンゴク網を辷り落る鉱石の響きも、トロッコのきしる音も、すべてが物憂くだらけ切っていた。草木の葉はぐんなりと萎れて、ただ山中一杯にころがっている岩のかけらや硅石の破片が、燃えるような日の光りに焦がされてチカチカと、勢いよく輝いているばかりであった。
 坑外で働いている者は、掘子も選鉱女も、歌一つ謳う元気もなくなっていた。時折坑内から起る爆発の轟きが思い出したようにだらけた空気の中に響き渡った。けれども、それも直ぐ、この烈しい光りと熱に気圧されて消えて了うと、四辺はまた妙にひっそりかんとして了った。
 この時麓の方から、太い松丸太を馬の脊に積んで来た馬子が見張りの前に来て、
「留木を持って来たから調べておくんなんしょ」と言った。
 肌脱ぎになって調べ物をしていた池田は、すぐに巻尺を持って外に出た。太い松丸太を担って、焼けるような日に照りつけられて山道を登って来た馬は、浴びるように汗をかいて、木蔭の草を食っていた。池田が尺を当て、杭木を調べて了うと、馬子は思い出したように、
「事務所からこれを頼まれて来やした」と、一通の手紙を渡した。
 それは東京の鉱主から、池田に宛てたものであった。
 鉱主から直接に来る手紙に碌なことのあった例しはないので、池田は妙な顔をして、ポケットに入れてしまった。杭木の領収書を受け取った馬子が、再び熱い日中を麓の方へ下って行ってから、彼は一人で廃坑の前に登って行った。其処には涼しい蔭と、坑内から吹いて来る冷たい風が絶えずあった。彼は其処に寝転ぶと、ポケットから手紙を出して、封を切って読み始めた。中には、
 ――君はこの二三日前に病気と称して現場を休んで、村の茶屋で遊んでいたそうだが、何の理由にせよ、そう言う行動は甚だ怪しからん事に思う。直ぐにも解雇すべきところだが、縁類にもなっていることだから、一応君の母親を呼んで注意だけして置いた。今後は断じて謹慎するか、然らざれば此の際辞職する方が、君の名を傷けないことになるであろう――と、こんな事が書いてあった。
 碌でもないことだろうと予想はしていたが、池田はこの手紙を読むと、最初は怒るよりも呆れて了った。一週間ほど前に、病気で現場を休んだことは事実であった。尤もその原因は飲み過ぎや遊び過ぎにあったかも知れないが、その日は終日事務所で神妙に書類の整理をやっていた。夜も稀らしいほど早く寝た。
 事実はこれだけのことであるのを、誰かが嘘を造って東京へ報告したものであろう。尤も彼がこんな目に会ったのは、これがはじめての事ではなかった。今までにもこう言う手段に乗せられて、自分の係長をなぐってしまってから、後で罪はその人にないのが解って、きまりの悪いのをこらえて謝罪ったこともあった。妙な風説を立てられた…

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