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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID47010
副題72 総領の娘を亡くした頃のはなし
72 そうりょうのむすめをなくしたころのはなし
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-05-05 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 学校奉職時代の前に少し遡り、話し残したことを補充して置きたいと思います。

 学校へ入りましたのは仲御徒町一丁目に住まっていた時のことで、毎日通勤するようになってから、住居はなるべく学校へ近い方が便利だと思いました。それにこの御徒町附近一帯は軒並み続きで、雑沓するので、年寄りや子供には適した処でない。衛生の方からいっても低地で湿気が多く水が非常に悪いので、とうから引っ越したいと思ってはいましたが、そういう訳になかなか参りませんので、よんどころなくそのままになっておりました。しかるに今度学校へ出るようになって、学校へ近い方が便利という必要から、何処か格好な家がないかと気を附けるようになりました。

 こういう時には私の父は、前にも申した通り、至って忠実な人であるから、隠居仕事に学校最寄りの方面を方々と探して歩きました。
 それでもなかなか格好な家が見当らないと見えて幾日か過ぎましたが、或る日、父は、「今日こそ好い家を見附けた」といってその模様を話されるところを聞くと、その家は学校へ三丁位、土地が高燥で、至って閑静で、第一水が良い。いかにも彫刻家の住居らしい所という。それは何処ですと聞くと、谷中天王寺の手前の谷中谷中町三十七という所で、五重塔の方へ行こうとする通りに大きな石屋があるが、その横丁を曲って、石屋の地尻で、門構えの家。玄関を這入ると二畳で、六畳の客間があり居間が六畳、それに四畳半の小部屋が附いている上に、不思議なことには直ぐ部屋続きに八畳敷き位の仕事場とも思われる部屋がある。その部屋は南向きで日当りがよく、お隣りは宝珠院というお寺の庭に接しているから、充分ゆとりもあり、庭はまたお寺の地所十四、五坪を取り入れてなかなか広く、お稲荷さんの祠などあってなかなか異だということです。それで家賃はというと、四円……別にお寺へ納める庭の十四、五坪の地代が五十銭、都合四円五十銭、ということです。老人は大変気に入っていられる。
 それで、私もこれは好いと思い、早速行って見ますと、なるほど、これは格好、往来に向いて出格子の窓などがあり、茶屋町の裏町になった横丁だが四方も物静かで、父の申す如く彫刻家が住むにはいかにも誂え向きという家ですから、早速話を決めました。
 その頃のことで、別に敷金を取るでもなく、大屋さんへちょっと手土産をする位で何んの面倒もなく引き移りました。

 さて、段々と住んでいると、どうも普通の素人の住まった家とは趣が異う。いきなり、客間があったり仕事部屋があったりする処は妙だと、近所の人に聞いて見ると、これまでは牙彫師の鵜沢柳月という人が住んでいたのだということでした。
 この人は先に彫工会の成り立ちの処で話しました谷中派の方の親方株の牙彫師で、弟子の三、四人も置いてなかなか盛んにやっていた人である。庭のお稲荷さんもその人がこしらえたものということ………

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