えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
詩ノート
しノート |
|
作品ID | 47029 |
---|---|
著者 | 宮沢 賢治 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「宮沢賢治集全集2」 ちくま文庫、筑摩書房 1986(昭和61)年4月24日 |
入力者 | 伊藤雄介 |
校正者 | 米田 |
公開 / 更新 | 2012-02-19 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 56 ページ(500字/頁で計算) |
広告
広告
七四四 病院
一九二六、一一、四、
途中の空気はつめたく明るい水でした
熱があると魚のやうに活溌で
そして大へん新鮮ですな
終りの一つのカクタスがまばゆく燃えて居りました
市街も橋もじつに光って明瞭で
逢ふ人はみなアイスランドへ移住した
蜂雀といふ風の衣裳をつけて居りました
あんな正確な輪廓は顕微鏡分析の晶形にも
恐らくなからうかと思ふのであります
[#改ページ]
七四五 〔霜と聖さで畑の砂はいっぱいだ〕
一九二六、一一、一五、
霜と聖さで畑の砂はいっぱいだ
影を落す影を落す
エンタシスある氷の柱
そしてその向ふの滑らかな水は
おれの病気の間の幾つもの夜と昼とを
よくもあんなに光ってながれつゞけてゐたものだ
砂つちと光の雨
けれどもおれはまだこの畑地に到着してから
一つの音をも聞いてゐない
[#改ページ]
一〇〇一 汽車
一九二七、二、一二、
プラットフォームは眩ゆくさむく
緑いろした電燈の笠
きららかに飛ぶ氷華の列を
ひとは偏狭に老いようし
汽車近づけば
その窓が Ice-fern で飾られもしよう
車のなかはちひさな塵の懸垂と
そのうつくしいティンダル現象
日照はいましづかな冬で
でんしんばしらや建物や鳩
かゞやいて立つ氷の樹
青々けぶる山と雲
髪をみだし
黒いネクタイをつけて
朝の汽車にねむる写真師
……これが小さくてよき梨を産するあの町であるか……
……はい閣下 今日は多量の氷華を産して居りまする……
……それらの樹群はみなよき梨の母体であるか……
……はい閣下 あれは夏にはニッケル鋼の鏡をつるす
はんの木立でございます……
……この町の訓練の成績はどうぢゃ……
……はい閣下 寒冷ながら
水は風より より濃いものと存じます……
けむりは凍えていくつにもちぎれて
松の林に落ちこむし
アカシヤの木の乱立と
女のそのうつくしいプロファイル
もう幾百 目もあやに
風や磁気に交叉する電線と〔以下空白〕
[#改ページ]
一〇〇二 〔氷のかけらが〕
一九二七、二、一八、
氷のかけらが
海のプランクトンのやうに
ぴちぴちはねる朝日のなかを
黒いペンキのまだ乾かない
電車が一つしづかに過ぎる
兵隊みたいな赤すぢいりの帽子をかぶった電気工夫や
またつゝましくかゞやいてゐる朝の唇
……ハムマアを忘れて来たな……
……向ふには電気炉がない……
江釣子森が暗く濁ったそらのこっちを
白くひかって展開する
そのぶちぶ…