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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID47035
副題73 栃の木で老猿を彫ったはなし
73 とちのきでろうえんをほったはなし
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-06-18 / 2014-09-21
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 総領娘を亡くしたことはいかにも残念であったが、くよくよしている場合でもなく、一方には学校という勤めがあるので取りまぎれていました。

 すこし話が前後へ転じますが、その年の春、農商務省で米国シカゴ博覧会に出品のことについて各技術家に製作を依嘱していました。私にも木彫としての製作を一つ頼むということであった。
 この出品については、政府が奨励をしました。しかし政府出品ではなく、出品は個人出品ですが、奨励策として、個人の製作費を補助したのであります。たとえば私が八百円のものをこしらえて出すとすると、その価格の半額を政府で補助し、もしそれが売約になればその代金も補助費もすべて作家の方へくれるので、その上出品は作家の名でするのでありますから、作家側に取っては大変に都合の好いことでありました。当時はまだ政府当局がこれ位の程度に補助していたものであった。しかしこの時限り補助という事はやみましたし右のような都合で私も何か製作しなければならない。何を作ろうかと考えましたが、その以前から栃の木を使って何かこしらえて見たいという考えを持っていました。この栃の木という材は、材質が真白で、木理に銀光りがチラチラあって純色の肌がすこぶる美しいので、かつてこの材を用いて鸚鵡を作り、宮内省の御用品になったことがある。それで今度も栃の木の良材を探し、純色で銀色の光りのある斑を利用して年老った白猿をこしらえて見ようと思いました。
 その頃は私は専ら動物に凝っていた時代で、いろいろ動物研究をやっていた結果こういう作を考えたのであった。

 そこで、丸太河岸の材木屋を尋ねて見ると、栃の木の良材はあるにはあるが、何分にも出し場が悪いので、買い入れを躊躇しているのですが、材木はすこぶる立派で、直径六尺から七尺位のものがある。ただ、困るのは運賃が掛かるのと、日数がかかることで、商売になりませんから手を出さずにいますという話で、その場所をも教えてくれました。
 それで私はこの事を後藤貞行君に話すと、それは一つ直接当って見ようではありませんか、あなたがお出でになるなら、私もお手伝いかたがた同行しましょう、というので、私は栃の木の買い出しにその地へ参ることになりました。

 其所は栃木県下の発光路という処です。鹿沼から三、四里奥へ這入り込んだ処で、段々と爪先上がりになった一つの山村であります。私と後藤氏とは上野発の汽車で出掛けたが、汽車を乗り違えたため宇都宮に一泊し、翌早朝鹿沼で下車し、それから発光路へ向いました。
 時は三月で、まだ余寒が酷しく、ぶるぶる震えながら鹿沼在を出かけましたが、村端れに人力車屋が四、五人焚火をして客待ちをしております。私たちは、彼らの前を通れば、必ず向うから声をかけて乗車をすすめることと思っていたのに、くるま屋は何ともいわず、通り過ぎても黙っていますので、少し当てがはずれ、こっ…

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