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キリストのヨルカに召された少年
キリストのヨルカにめされたしょうねん |
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作品ID | 47042 |
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著者 | ドストエフスキー フィヨードル・ミハイロヴィチ Ⓦ |
翻訳者 | 神西 清 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「世界少年少女文学全集 19 ロシア編2」 東京創元社 1954(昭和29)年9月25日 |
入力者 | 高柳典子 |
校正者 | 土屋隆 |
公開 / 更新 | 2009-05-02 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 11 ページ(500字/頁で計算) |
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それは、ロシアのある大きな町であったことだ。その晩は、クリスマスの前夜で、とりわけ、寒さのきびしい晩だった。ある地下室に、ひとりの少年がいる。少年といっても、まだ六つになったかならないかの、とても小さな子なのだ。何か、寝巻きのようなものを着て、ぶるぶるふるえている。
その地下室は、じめじめしてつめたい。宿なしや、貧乏人の集まる場所なのだ。少年のはく息が、まっ白な湯気になって見える。少年は、すみっこの箱に腰かけて、たいくつまぎれに、わざと口から白い湯気をはいておもしろがっているが、じつは、何か食べたくてしようがないのだ。
少年は、朝からなんべんも、板でできた寝床のほうへ行ってみた。そこには、まるでせんべいのようにうすい下じきをしいて、何かの包みをまくらのかわりにあてて、病気のおかあさんが寝ている。どうしてこんなところに、やってきたのだろう。きっと、どこかほかの町から、その子をつれてきたのだが、急にかげんがわるくなったにちがいない。
この宿のおかみさんは、二日ほどまえに警察へ引っぱられて行った。何か悪いことでもしたのだろう。なにしろお祭りのことだから、とまっている人たちも、ちりぢりにどこかへ行ってしまい、残っているのは、失業者みたいな男ひとりだった。この男は、お祭りのこないさきからぐでんぐでんによっぱらって、朝から晩まで、正体もなく寝こけている。
いや、もうひとり、別のすみのほうに、八十ぐらいのばあさんが、レウマチでうなっている。もとはどこかで、乳母をしていたらしいが、今ではひとりぼっちになって、もうじき死にそうなようすである。ため息をついたり、うんうん言ったり、ぶつぶつ少年にあたりちらしたりする。それで少年は、こわくなって、そのすみへは近よらないようになった。
飲む水だけは、やっと出口のあたりで見つけたけれど、食べるものといったら、パンの皮ひとつ落ちていない。今朝から、もう十ぺんも、おかあさんを起しに行ってみた。とうとう、少年は、暗がりの中にいるのが心細くなってきた。日はもうとっくに暮れかけているのに、あかりがともらないのだ。
おかあさんの顔にさわってみて、少年はどきりとした。おかあさんは、ぴくりとも動かない。おまけに、まるで壁みたいにつめたくなっている。
「ここは、とても寒いや。」と、少年は思って、もうなくなっているとは知らず、おかあさんの肩にぼんやり片手をかけたまま、しばらく立っていた。やがて、手に息を吹きかけて、かじかんだ指を暖めると、いきなり、寝床の板の上にあった自分の帽子をつかんで、そっと手さぐりで、地下室からぬけだした。
もっと早く出たかったのだが、はしご段の上にがんばって、となりの人の戸口の前で一日じゅううなっている大犬が、こわかったのだ。その犬が、もういなかったので、少年はぱっと往来へとびだした。
見ると、ああ、なんてすばらし…