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百姓マレイ
ひゃくしょうマレイ
作品ID47043
著者ドストエフスキー フィヨードル・ミハイロヴィチ
翻訳者神西 清
文字遣い新字新仮名
底本 「世界少年少女文学全集 19 ロシア編2」 東京創元社
1954(昭和29)年9月25日
入力者高柳典子
校正者土屋隆
公開 / 更新2009-05-02 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 そのとき、わたしは、まだやっと九つでした……いやそれよりも、わたしが二十九の年のことから話を始めたほうがいいかもしれません。
 それは、キリスト復活祭の二日めのことです。もう陽気も暖かで、空はまっさおに晴れわたり、太陽は高いところから、ぽかぽかと暖かな光りをきらめかせていましたが、わたしの心は、まっ暗でした。わたしは牢屋のうらをぶらぶら歩きながら、がっしりした監獄の杭を一本一本かんじょうしながらながめていました。この杭をかぞえるのは、まえからわたしのくせでしたが、そのときは、どうもあまり気がすすみませんでした。監獄の中でも、復活祭はきょうでもう二日めで、お祭りのおかげで、囚人たちは、まい日させられるしごとにも出て行かず、朝からお酒を飲んでよっぱらったり、あっちこっちのすみでは、ひっきりなしに、言いあいやけんかが始まっていたのです。なんだか、があがあいやな歌をわめきたてたり、こっそり寝床の板の下にかくしてカルタをしたり、何かとんでもないらんぼうなことをして、なかまの囚人たちにふくろだたきのめにあわされ、あげくのはて、すっかりまいってしまい、頭からすっぽり毛皮のきものをかぶせられたまんま、板の寝床にのびている囚人がもう二三人もいるのです。こんなことが、このお祭りの二日のあいだに、わたしをすっかりまいらせてしまったのです。いったいわたしは、まえから、人がよっぱらって大さわぎをするたびに、いつもいやでいやでたまらなかったのですが、牢屋の中では、なおさらやりきれないのでした。お祭りだというので、いつものように役人は牢屋の中を見まわりにもこないし、部屋の検査もされず、酒を持ちこむのも、おおめに見られていたのです。
 とうとう、わたしは、むらむらと腹がたってきました。ところが、そのときふと、ポーランド人の囚人に出あったのです。その男は、暗い顔つきでわたしを見ましたが、その目はぎらりと光り、くちびるはぶるぶるふるえだしました。
「ちぇっ、あのごろつきどもめ!」と、くいしばった歯のあいだからはきだすように小声でそうつぶやくと、そのままわたしのそばを通りすぎて行きました。
 わたしは、牢屋の中へひきかえしました。じつは、つい十五分ほどまえには、どうにもがまんがならなくて、顔色を変えて外へとびだしたばかりなのですが、――というのは、ちょうどそのとき、強そうな百姓が六人がかりで、よっぱらったダッタン人のガージンをやっつけようと、いっせいにとびかかってなぐり始めたからです。そのひどいなぐりようときたら、お話にも何もなりません。あんなめにあわせたら、らくだだって死んでしまう。だが、あいてのダッタン人はおそろしく力の強い男で、めったにへたばるようなやつじゃない。だからなぐるほうも、安心して気がすむまでなぐりつづけたというわけなのです。――今わたしが部屋にもどってみると、そのさわぎもすっ…

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