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水晶の栓
すいしょうのせん
作品ID47067
原題LE BOUCHON DE CRISTAL
著者ルブラン モーリス
翻訳者新青年編輯局
文字遣い新字新仮名
底本 「「新青年」復刻版 大正10年(第2巻) 合本5」 本の友社
2001(平成13)年1月10日
初出「新青年 (第二巻第九號)夏季増刊」1921(大正10)年8月
入力者京都大学電子テクスト研究会入力班
校正者京都大学電子テクスト研究会校正班
公開 / 更新2010-05-13 / 2014-09-21
長さの目安約 125 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#挿絵]一[#挿絵]夜襲

 名にし負うアンジアン湖畔の夜半。小さい桟橋に繋いだ二隻のボートが、静かな暗にゆらりゆらりと揺れて、夕靄の立ち籠むる湖面の彼方、家々の窓にともる赤い灯影、アンジアン娯楽場の不夜城はキラキラと美しく水の面に映っている。時はちょうど九月の末、雲間を洩るる星の瞬きが二ツ三ツ。肌寒い風は水面を静に渡ってゆく。
 アルセーヌ・ルパンはとある東亭の中で、煙草を燻らしていたが、やおら身を起すと桟橋の端近く水面を覗き込むようにして、
『オイ、グロニャール……ルバリュ……居るか?』
 声に応じて両方の端艇の中からヌッと現れた男、
『ヘエ、居りやす』
『用意をしろ。自動車の音がする。ジルベールとボーシュレーが帰って来たぞ』
 云い捨てて彼は庭園に戻り、新築中と見えてまだ足場のかかっておる家を一廻りして、サンチュール街に向いた門の扉をそっと押せば、怪物の眼の様な前灯がサッと流れて、巨大な自動車がピタリと止った。中から外套の襟を立て、帽子を真深に冠った二人の男が飛び出した。果してジルベールとボーシュレーとであった。ジルベールは二十一二の温和そうな容貌、見るからに華奢な、そして活気のある青年であったが、ボーシュレーの方は丈の短い、髪毛のちぢれた、蒼い顔に凄みのある男であった。
『オイ、どうした。代議士は?……』とルパンが尋ねた。
『ヘエ、見込通りに、七時四十分の汽車で巴里へ出発ったのを見届けました』とジルベールが答えた。
『じゃあ、思う存分仕事が出来るな』
『そうです。マリー・テレーズの別荘はこちとらの自由勝手でさあ』
 ルパン[#「ルパン」は底本では「ルパル」]は運転台に居る運転手に向って、
『ここに居ちゃ拙い、正九時半にまたここへ来い、ドジさえふまにゃ荷物が積めるから…………』
『ドジだなんて縁起でもねえじゃありませんか?』とジルベールが不平だ。自動車はいずこともなく引返して行った。ルパンは二人を連れて湖水の方へ歩きながら、
『だってさ、今夜の仕事はおれの目論んだ事じゃあないからなあ。おれが自分で目論んだ事でなきゃ半分しか信用にしないんだ』
『冗談でしょう、首領、わっしだって親方の御世話になってから三年になりますもの……ちったあ手心も解って来てますよ……』
『そりゃ、解っておるだろうさ。それだけになお心配なんだ……さあ乗り込んだ……ボーシュレーは、そっちへ乗れ……よし……出した……出来るだけ静粛に漕ぐんだぞ』
 グロニャールとルバリュの二人はカジノの少し左手に当る向う岸に向って一直線に漕ぎ出した。途中で一隻のボートに会った。しばらくするとルパンはジルベールの傍へ寄って低声で、
『オイ、ジルベール。此夜の仕事を計画したなあお前か、それともボーシュレーか?』
『誰って事はないんです……二月ばかり前から二人で相談してたんです』
『だがな。おれはあのボーシュ…

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