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ふるさと
ふるさと |
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作品ID | 4709 |
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著者 | 島崎 藤村 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「名著復刻 日本児童文学館 11」 ほるぷ出版 1973(昭和48)年3月 |
入力者 | Nana ohbe |
校正者 | 林幸雄 |
公開 / 更新 | 2004-02-10 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 90 ページ(500字/頁で計算) |
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はしがき
父さんが遠い外國の方から歸つた時、太郎や次郎への土産話にと思ひまして、いろ/\な旅のお話をまとめたのが、父さんの『幼きものに』でした。あの時、太郎はやうやく十三歳、次郎は十一歳でした。
早いものですね。あの本を作つた時から、もう三年の月日がたちます。太郎は十六歳、次郎は十四歳にもなります。父さんの家には、今、太郎に、次郎に、末子の三人が居ます。末子は母さんが亡くなると間もなく常陸の方の乳母の家に預けられて、七年もその乳母のところに居ましたが、今では父さんの家の方へ歸つて來て居ます。三郎はもう長いこと信州木曾の小父さんの家に養はれて居まして、兄の太郎や次郎のところへ時々お手紙なぞをよこすやうになりました。三郎はことし十三歳、末子がもう十一歳にもなりますよ。
父さんの家ではよく三郎の噂をします。三郎が居る木曾の方の話もよく出ます。あの木曾の山の中が父さんの生れたところなんですから。
人はいくつに成つても子供の時分に食べた物の味を忘れないやうに、自分の生れた土地のことを忘れないものでね。假令その土地が、どんな山の中でありましても、そこで今度、父さんは自分の幼少い時分のことや、その子供の時分に遊び廻つた山や林のお話を一册の小さな本に[#「に」は底本では「こ」]作らうと思ひ立ちました。あの『幼きものに』と同じやうに、今度の本も太郎や次郎などに話し聞かせるつもりで書きました。それがこの『ふるさと』です。
[#改ページ]
一 雀のおやど
みんなお出。お話しませう。先づ雀のおやどから始めませう。
雀、雀、おやどはどこだ。
雀のお家は林の奧の竹やぶにありました。この雀には父さまも母さまもありました。樂しいお家の前は竹ばかりで、青いまつすぐな竹が澤山に竝んで生えて居ました。雀は毎日のやうに竹やぶに出て遊びましたが、その竹の間から見ると、樂しいお家がよけいに樂しく見えました。
そのうちに、雀の好きなお家の前には竹の子が生えて來ました。母さまのお洗濯する方へ行つて見ますと、そこにも竹の子が出て來てゐました。
『あそこにも竹の子。ここにも竹の子。』
と雀はチユウチユウ鳴きながら、竹の子のまはりを悦んで踊つて歩きました。
僅か一晩ばかりのうちに竹の子はずんずん大きくなりました。雀が寢て起きて、また竹やぶへ遊びに行きますと、きのふまで見えなかつたところに新しい竹の子が出て來たのがあります。きのふまで小さな竹の子だと思つたのが、僅か一晩ばかりで、びつくりするほど大きくなつたのがあります。
雀はおどろいて、母さまのところへ飛んで行きました。母さまにその話をして、どうしてあの小さな竹の子があんなに急に大きくなつたのでせうと尋ねました。すると母さまは可愛い雀を抱きまして、
『お前は初めて知つたのかい、それが皆さんのよく言ふ「いのち」(生命)といふものですよ。お…