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抒情詩に就て
じょじょうしについて
作品ID47094
著者蒲原 有明
文字遣い新字旧仮名
底本 「蒲原有明論考」 明治書院
1965(昭和40)年3月5日
初出「新声 第四編第七号」1900(明治33)年12月
入力者広橋はやみ
校正者小林繁雄
公開 / 更新2011-01-22 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 観相をのみ崇みて、ひたぶるに己が心を虚うせむと力むるあり。かくの如くにして得たる書に眼を曝らすものゝ、たゞこれ消閑の為めにして、詩の意義のかたはしをだに解し得ざらむとするも理なり。こゝに世の趣味の卑きを嘆じぬとも、やがてその声の空しかるべきは言ふをも俟たじ。かゝる時に際してかのはかなき抒情詩の他が一顧盻を冀ふに値するや否やを問ふは愚なるべし、そは新しと雖もなほかた生ひの歌なり、こゝろさへ言さへなほいと穉き歌なればなり。幸に一分の進境ありて、世の之を認むるなからむとするも、今遽かに誰にか訴へむ。花香と乳臭と徒らに孰れか多きやの悪[#挿絵]を贏ち得て止まむのみ。世はかくまでに寛容なり、殊に識らず、抒情詩人の背にははやく既に荊棘を負はされしにあらじをや。花香を趁ふの童となりて牧童を携ふるに宜しかるべく、乳臭の児となりて琴声を摸ねばむに、絶えて覊せらるゝなきをや。かゝる歓びの再びすべからざるをしも辞まば、そが徳に報ゐざるの罪はかの詩人にありぬべきをや。されど人の世の海に万波の起伏を詳にせむとして、仍且つ茫洋の嘆あらむとこそすれ、近く磯頭を劃りて一波の毎に砕くるには、強ても知らざるを為す。この岸には人の訪ふなく、白沙遠く埋めて途なきが如し。聴かずや、過ぎゆく時劫のすゝみをして声あらしむるは、大海の限りなき調とぞ言ふなる。今この無人の渚に佇みては、いかなる潮のこゝに流れ、いかなる調のこゝに伝ふかを問はじ。たゞかの倒瀾に対ひて独寂しく語らむもおもしろからずや。
 既に業に独語に過ぎし、されば矯激の言さへ何の憚り忌むところあらむや、敢て言ふ、性慾は自然にして、放肆なるはそが態なりと、然して歓楽そが被衣たるを遺る可からず、或は心神恍惚たり、或は衷に道念寤めて懊悩苦悶あり、情緒揺曳して悲愁暗涙あり、詩のこゝに出でゝ共に可ならざるはなし。しかも世相の真を描写すと声言して、漫りに黒暗々の淵に沈み、かの性慾の裸身を摸索し得むとするは、詩の第一義を誤りたらずや惑ひあり。抒情詩の境に言ひ及びては切りに熱情を称す、天火一度胸に燃えてこそ、幽玄の琴絃初めて高調を弾するに堪へたれ。かの油火のおもてにのみ焼けむが如きはねがふところにあらず、况してや酒間の乱舞徒らに情を激すべきかは。今のごとくにして彼と此とを一列に措くが慣ひとしもなりなば、啻に詩風の醇なるべきを※[#「褻」の「陸のつくり」に代えて「幸」、258-5]すの惧あるのみならず、悪趣味を布くの媒たらざらんや。狂念慾火を煽りて霊台に及ぼさば悔ゆともまた効なかるべし、伝へ云ふ古の狂王が一炬に聖殿を燼きて、冥界のなやみとこしへなるに似たらば、そは悲しき極みなり。
 これを浮華にするを欲せず、また之を衒ふが如かるを欲せず、偏に真なる感情に拠りてこそ、わかゝりし世の命、華やかなる思想を汲まむにも、克己制慾、冷静にして至上の光を仰がむにも、危うげな…

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