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疾中
しっちゅう
作品ID471
著者宮沢 賢治
文字遣い新字旧仮名
底本 「宮沢賢治全集2」 ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年4月24日
入力者今中一時
校正者浜野智
公開 / 更新1998-06-06 / 2014-09-17
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

  病床


たけにぐさに
風が吹いてゐるといふことである

たけにぐさの群落にも
風が吹いてゐるといふことである
[#改ページ]

  眼にて云ふ


だめでせう
とまりませんな
がぶがぶ湧いてゐるですからな
ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから
そこらは青くしんしんとして
どうも間もなく死にさうです
けれどもなんといゝ風でせう
もう清明が近いので
あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに
きれいな風が来るですな
もみぢの嫩芽と毛のやうな花に
秋草のやうな波をたて
焼痕のある藺草のむしろも青いです
あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが
黒いフロックコートを召して
こんなに本気にいろいろ手あてもしていたゞけば
これで死んでもまづは文句もありません
血がでてゐるにかゝはらず
こんなにのんきで苦しくないのは
魂魄なかばからだをはなれたのですかな
たゞどうも血のために
それを云へないがひどいです
あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
わたくしから見えるのは
やっぱりきれいな青ぞらと
すきとほった風ばかりです。
[#改ページ]

  〔ひるすぎの三時となれば〕


ひるすぎの三時となれば
わが疾める左の胸に
濁りたる赤き火ぞつき
やがて雨はげしくしきる
はじめは熱く暗くして
やがてまばゆきその雨の
杉と榊を洗ひつゝ
降りて夜明けに至るなれ
[#改ページ]

  〔熱たち胸もくらけれど〕


熱たち胸もくらけれど
白き石粉をうちあふぎ
にがき草根をうち噛みて
などてふたゝび起たでやむべき
[#改ページ]

  〔わが胸いまは青じろき〕


わが胸いまは青じろき
板ひとひらに過ぎぬらし
とは云へかなたすこやけき
億の呼吸のなべてこそ
うららけきわが春のいぶきならずや
[#改ページ]

  熱またあり


水銀は青くひかりて
今宵また熱は高めり
散乱の諸心を集め
そのかみの菩薩をおもひ
息しづにうちやすらはん

たゆたへる光の澱や
野と町と官省のなか
ひとびとのおもかげや声
ありとあるしじまとうごき
なべてよりいざ立ちかへり
散乱のわが心相よ
あつまりてしづにやすらへ
あしたこそ燃ゆべきものを
[#改ページ]

  〔そのうす青き玻璃の器に〕


そのうす青き玻璃の器に
しづにひかりて澱めるは
まことや菩薩わがために
血もてつぐなひあがなひし
水とよばるゝそれにこそ
[#改ページ]

  名声


なべてのまこといつはりを
たゞそのまゝにしろしめす
正[#挿絵]知をぞ恐るべく
人に知らるゝことな求めそ

また名を得んに十万の
諸仏のくにに充ちみてる
天と菩薩をおもふべく
黒き活字をうちねがはざれ
[#改ページ]

  〔春来るともなほわれの〕

春来るともなほわれの
えこそは起たぬけはひなり
さればかしこの崖下の
高井水車の前あたり
矢ばね…

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