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耳の日記
みみのにっき
作品ID47116
著者宮城 道雄
文字遣い新字新仮名
底本 「心の調べ」 河出書房新社
2006(平成18)年8月30日
初出「古巣の梅」1949(昭和24)年10月5日
入力者貝波明美
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-01-30 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

    友情

 いつであったか、初夏の気候のよい日に内田百間氏がひょっこり私の稽古場を訪ねて来て、今或る新聞社の帰りでウイスキーを貰って来たから[#挿絵][#挿絵]にお裾分けしようと言われた。待っていた弟子達は百間先生が来たというので何かひそひそ騒いでいた。百間氏は私に稽古を片附けるようにと言うので私は稽古の合間合間に話をした。こういう時には心嬉しいので稽古もどんどん片附いてゆく。百間氏はこれから次第に暑くなると外へはあまり出掛けないと言う。また寒くなると少し暖かくなる迄は引籠もっていると言う。そこへ出不精な私がたまたま訪問しようと言うと、いや今[#挿絵][#挿絵]に来られると二畳敷の所へ庭の外まで道具が並べてあるから迷惑だと言う。
 こういう風でお互は七夕の星のようである。がしかし私は時々内田氏のことを思い出すとあの低い声が聞こえてくる。近頃はさすがの百間先生もビールには悩んでいられるようである。のどがカラカラになって水の涸れた泉のようであるという手紙を貰ったことがあった。
 いつか帝劇の楽屋で会った時、たった一本であったがおみやげにと遠慮しながら出した。すると、[#挿絵][#挿絵]、そう遠慮しなくともちょうど鏡が前にあるので、それにうつって二本に見えると言われた。また或る時弟子から貰ったのを届けさせたら、私のいる葉山へ、サンキュー・ビールマッチという電報が来た。私はそれを読んで貰って耳で聞いた瞬間、面白いなと思った。
 今年の春私は宇都宮へ演奏にいって急に肝炎と中耳炎を患って旅先で寝ていると聖路加病院の畑先生が東京から駈けつけて、今来ましたよというその声を聞いた時にはなんともいえぬ心丈夫な気がした。しかし耳が遠いのと熱があるので、すべての物音はおぼろであった。その夜先生は一睡もせずに、二時間おきに手当をして下さったが、翌日徹夜のままで帰っていかれる先生にもっとお礼を言いたいと思っても思うように声が出なかった。
 その後土地の人達やみんなが熱心に介抱してくれたので思いの外早くよくなった。まだ腰が充分に立たなかった私はわきまえもなく帰りたくなってみんなの止めるのもきかずに一番列車で立つことになって、朝早く身体を抱えて人力車へのせて貰っていると、弟子の妹のくにちゃんが駈け出してきて、先生お大事にと言いながら手を握った。私はその小さいやさしい手に触れた時思わず熱い涙が頬を伝った。患って遠くなっている耳にも子供の声は可愛く聞こえた。それからうちへ帰ってもまだふらふらしていたが、小田原の吉田晴風氏から手紙が来て、お見舞として箱根の温泉を一週間程奢るから家内をつれて是非来ないかと言う。心をこめた案内であったが、今の世の中に二人が一週間も泊ったら莫大な迷惑になることを遠慮して私が迷っていると、晴風氏はそれと悟られたのか、放送局で会った時、箱根の方は環翠樓を何日から一週…

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