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おびとき
おびとき |
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作品ID | 47140 |
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著者 | 犬田 卯 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「犬田卯短編集二」 筑波書林 1982(昭和57)年2月15日 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | 松永正敏 |
公開 / 更新 | 2008-01-05 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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一
「いつまで足腰のたたねえ達磨様みてえに、そうしてぷかりぷかり煙草ばかりふかしているんだか。」早口に、一気にまくしたてる女房のお島であった。「何とかしなけりゃ、はアすぐにお昼になっちまア、招ばれたもの行かねえ訳にいくかよ、いくら何だって……」
向う隣の家に「おびとき」祝があって――もっとも時局がら「うち祝」だということだが、さきほどおよばれを受けたのであった。
「ほんの真似事ですがね、おっ母さんと子供らだけ、どうか来ておくんなせえよ。」「そうですけえ、まア、おめでとうござんすよ……じゃア、招ばれて行きますべよ。」
とは答えざるを得なかったものの、さて招ばれてゆくには、村の習慣として、ただでは行けなかった。三十銭や五十銭は「襟祝い」として包まなければならぬ。そしてその三十銭が――子供らは連れてゆかず、彼女ひとりゆくことにして――いま、問題だったのである。
鶏は寒さに向ってからとんと卵は生まなかった。春先から夏へかけての二回の洪水と、絶えざる降雨のために、田も畑も殆んど無収穫で、三人の子供らの学用品にさえ事欠くこの頃では、お義理のためにただ捨てる(実際、そう思われた)金など、一文も彼女は持たなかったのである。
ところで「何とかうまく口実をつけて行かなけりゃそれまでだ。」
と夫の作造はのんきに構えこんだのだが、女房は――家付娘としてこの村の習慣に骨の髄まで囚われてしまっているお島としては、隣同士で招んでも来なかった、とあとでかげぐちをきかれるのが、死ぬほど辛かったのである。
炉辺に投げ出してある夫の財布を倒まにして見たが、出て来たのは紙屑のもみくしゃになったものばかりだった。「お前ら、三十銭ばかりも持っていねえのか、よく、それで煙草ばかりは切らさねえな。」
「煙草がなくちゃア頭がぼんやりして仕事も出来っかい。」
「どうせぼんやりした頭だねえのか、はア招ばれるのは分っていたんだから、一日二日煙草やめてでも用意して置かねえっちう法あっか。早く何とかしてこしらえて来てくろ。」
そして、陽が照り出したので、おんぶしていた二歳になる子供を下ろして蓆の上で遊ばせ、自分では、学校へ行っている長男が夜警のとき寒くて風邪をひくからというので、ぼろ綿人の俄か繕いをはじめたのであるが、夫ほいっかな炉辺をはなれようとしない。
「どうするんだかよ」と再び彼女は突慳貪にどなった。「隣り近所の義理欠けっちう肚なのかよ。いつまでいつまで、ぷかりぷかり煙草ばかり喫んでけつかって……」
「いま考えていっとこだ。」
「いい加減はア考えついてもよさそうだねえか。あれから何ぷく煙草すったと思うんだ。」
「この煙草は安ものだから、いくら喫んでも頭がすっきりしてこねえ。」
「でれ助親爺め、仕事は半人前も出来ねえくせに、口ばかりは二人前も達者だ。五十銭三十銭の村の交際も出来ねえような能な…