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お泊り
おとまり
作品ID47157
著者平山 千代子
文字遣い新字旧仮名
底本 「みの 美しいものになら」 四季社
1954(昭和29)年3月30日
入力者鈴木厚司
校正者林幸雄
公開 / 更新2008-03-24 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 名古屋へ行つた年の夏だから、女学校一年の夏である。
 東京へいらしつたお帰りに、すみ子叔母様が名古屋へお立寄りになつた。
 そしてお帰りに「千代ちやん一しよに行かない?」とおつしやつた。
「帰りは芳子と一しよに帰ればいゝから……」と云つて下さつたし、神戸のお家でいつかピアノを弾かして頂いたことを思ひ出し、何の気なしに「行く」と云つてしまつた。
 ほんの一時の出来心ではあつたが、ピアノがひける嬉しさに私は喜んで汽車に乗つた。名古屋から神戸までである。直に着いてしまつた。
 しかし途中は、その少し前にあつた風水害で土がうづ高くつまれてをり、また水びたしの所などもあつて、少し私に里心をおこさせた。お迎への伯父様や、芳子ちやん、信ちやん、康ちやんと神戸のお家についたのは、もう夕方に近かつた。
 着いて荷物もおちつけて、坐つてみると又なんとさみしいのであらう。
 叔母様と芳子ちやんはお台所、叔父様は新聞をよんでいらつしやる。信ちやん康ちやんもそれ/″\何かしていらした。私は一人ポツンと坐つて何かおちつかない気持でゐた。夕方の臭ひがして来る。私は家の皆のことを思ひ出してゐた。
「今頃みんな何してゐるだらう……夕食の用意してるのかなあ、お父様はお帰りになつただらうか」
 それからそれへと考へ始めると、私はもうたまらなくなつた。無性に帰りたくなつた。
 私はほんとにたまらなく淋しく、不覚にも涙さへ出てくるのだつた。とび出しても帰りたかつた。
 その中にお夕飯が始まつた。御馳走もちつとも美味しいとは思はなかつた。皆さんはほんたうに朗らかで、いろ/\と私のことも気をつかつて下さり、客としてこんな居心地のいゝおもてなしは中々ないほどの厚遇をうけながら、やつぱり私はほんたうに皆さんと一つになり切らなかつた。叔父様叔母様の朗らかな、やさしいお態度、芳子ちやんや信ちやん方のしたしい、仲のよい御様子をみるにつけても、なにかこの場にそぐはない、自分だけ違ふ者の様な気がしてならなかつた。
 しかし、それも始めのうちだけで、段々皆さんの親切なおもてなしのうちに、知らずにつりこまれて笑ひもし、遊びもした。その中に阪神地方は二度目の風水害におそはれ、毎日毎日いやな雨がびしよ/\とふりつゞき、不気味な風が吹きあれた。お家はすごい高台だから水の心配はなし、昼間は遊びにとりまぎれて、さほど淋しいとも思はなかつたが、夜になると必ずあばれ出す雷には閉口した。
 雨戸がないからガラス戸をとほしてピカツ、ピカツ/\ツと青白い電光がお部屋中を気味悪くてらす。(光ツた!…)と思ふや否や、パリ/\/\ツといふ様なものすごい音がして、ズーンと地ひゞきがする。只でさへ大きらひな雷だが、山の雷だから、そのものすごいことお話にならぬ。コワいのと、さびしいのとで、私はねむるどころのサワギではない。毎晩、毎晩フトンを頭からかぶ…

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