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汽車
きしゃ
作品ID47158
著者平山 千代子
文字遣い新字旧仮名
底本 「みの 美しいものになら」 四季社
1954(昭和29)年3月30日
入力者鈴木厚司
校正者林幸雄
公開 / 更新2008-03-24 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 小学校を卒業した春休み、おばあ様とお母様と節ちやんと洋ちやんと、湯ヶ原の門川温泉へ行つたことがある。三、四日を面白く暮して、いよいよ帰る日だつた。
 随分混んでるので、――夕方六時ごろかしら、――もう、うす暗いころ、熱海発の汽車で帰ることにして、いつもの様に早めに驛へ行つた。蜜柑やら、キビ餅やらのおみやげがあつて荷物は小さいのが大分あつた様に思ふ。番頭さんが驛まで荷物をもつて来てくれた。しばらくして、遠くの方にポツチリと赤く光がみえたと思つたら、その光がみる/\大きくなつてとんで来る。
「先の方がすいてゐます」といふ番頭さんの言葉と、「二等車は先の方です」といふ助役さんの言葉でホームも、ずつと出外れの方まで行つて待つた。
 誰はこれとこれ、と荷物の分担をきめて待ちかまへる中に、汽車が這入つて来た。先の二輛は二等車だ。先頭のにあかりが入つてゐないのを変だと思つたが、中を通つて次の車に行けるだらうと早呑込して、それ! とばかり六つになる洋ちやんと二人で、馳け出して、一番先の入口からのつた。番頭さんが荷物を入れてくれる。お母様やおばあ様や節ちやんは如何したかと思つたら、次の車にお乗りになつたやうだ。それで次の車に行かうとドアをあけようとしたら、これは又何としたことぞ、ドアがあかない。
「番頭さん! ドアがあかない!」と助けを求めたが、時すでにおそし、汽車は動き出してしまつた。「こゝへ荷物をおきますよツ」と叫ぶ番頭さんの声を残して……。

 先の一輛は廻送車だつたのだ。入口が開いてるので乗り込んだのだが、中に這入らうとしたらドアがあかない。私達はデツキに立つた儘、皆と分れてしまつた。困つて大声で向ふ側のお母様や車掌さんを呼んでみた。……きこえる様子もない。ぢやあ、機関車の運転手さんに聞こえるかもしれないと二人で一しよに、
「う、ん、て、ん、しゆ、さ――ん!」と呼んだが、汽車のひびきにかき消されて、これも駄目。機関車と廻送車の間にはさまれて、私たちは呆然としてデツキに立ちすくんだ。
 叫んでもわめいてもきこへないと知つたときは、私さへ泣き出したくなつてしまつた。だけど私はお姉さんだ、私まで泣いたりしたらどんなに洋ちやんが心細いだらう、さう思つて
「大丈夫よ、だいぢよぶよ」とひきつる顔で無理に笑顔をしてみせた。
 しかし、その大丈夫といふのは、洋ちやんに対してといふよりは、むしろ自分自身へ言つてゐる様な声だつた。
「仕様がないから汽車がとまつたら降りませうね」と荷物をしらべて小さい軽いのを一つ洋ちやんにもつてもらひ、後の三つか四つを一まとめにして私がもつことにした。汽車はゴウ/\とすごい音をたてゝ走つてゐる。
 あかりがついてゐないから、真暗やみ、わづかに機関車がつけてゐるあかりが洩れて来るのと、後は沿線の電燈がパアーツ、パアーツと行きすぎにてらす位のものだ。
 洋ち…

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