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ハナとタマシヒ
ハナとタマシイ |
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作品ID | 47162 |
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著者 | 平山 千代子 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「みの 美しいものになら」 四季社 1954(昭和29)年3月30日 |
入力者 | 鈴木厚司 |
校正者 | 林幸雄 |
公開 / 更新 | 2008-03-26 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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ハナ
いつごろだつたのか、誰であつたか、多分、渡辺千代子さんだつたと思ふが、私をそつと手招きして、校庭のすみへつれて行つた。そして小さな声で、
「あのね、ハナッて、何んだか知つてる?」
「ハナ? ハナッて……この鼻?」と私は鼻を指先で叩いてみせた。
「うん、出てくる鼻汁よ」
「うゝうん、知らない」と首をふると、
「あのね、ハナはノーミソの腐つたものなんですつてさ……」千代ちやんは大げさに、まるくて茶色いその眼を、一層まるくしてさう教へてくれた。
「ふうん? さうお?」と私は云ふ。
真面目になつて教へる方も教へる方だが、「ふうん」と感心してきいてる者もきいてる者だ。が、だから面白い。ノーミソッて云ふのは、頭のこのオデコから上に這入つてゐる、大事なものだとは私は知つてゐた。してみれば鼻とは甚だ近いんだから、ほんとなんだらうとも思へる。
きつと、ノーミソは、あんまり沢山のことを覚えるんで満員になるんだな。だから古いのがハナになつて出ちやつて、後から新しいノーミソが代るんだらう。忘れるッてのはノーミソが腐つちやふんだな。ははあ、そして外へ行つちやふから思ひ出せないのか、はあーんナルペソ。私はさう判断して一人で感心してゐた。
しかし、妙なところもある。ウーンマテヨ、けど風邪をひくとなぜノーミソが沢山くさるんだろ。そいから、よく勉強するとノーミソを沢山使ふんだから、ハナも沢山出ておぼえる代りに忘れるのも多くなりさうなもんだ。だのによく勉強すると頭がよくなつて、物おぼえがます/\よくなる。……変だな。青ッパナは、たしかにノーミソの腐つたのにみえるが、ぢやあ水ッパナの方は何なんだろ。……
いよ/\不思議な気がしないではなかつたが、訊ねようにも何だかキタナイことを云ふ様で、そのまゝ半分は信じてもちこしてしまつた。
女学校へ這入つた年だつたと思ふ。何かの話のついでから……いゝや誰かハナをかんだので、私が言ひ出したんだつたかな、たぶんさうだ。私はすました顔で、
「ハナッてのは、ノーミソが古くなつて腐つたんですつてさ」と云つた。と、途端に、「ワーツ!」と家中の人がお腹をかゝえて笑ひ出してしまつた。おかしいことには節ちやんも、小ッちやなヨーベーさへ大笑ひに笑ふのである。笑はないのはネコに私位のもの。
「アッハッハッハ。ノーミソが、アハ……くさつたんだなんて、アッハッハッハ、あー、くるしい」
「ワハハ……バカ! そんなにノーミソが腐つてたまるかい、ワハハ……」
「おーくるしい、お腹がいたくなつちやひましたよ。ハッハッハ」
涙を浮べておかしがつてゐる。
「だつて、千代ちやんが教へてくれたのよ。渡辺千代子さんが……」と抗議を申し込んだが、あんまり皆が笑ふので、これは嘘だつたんだなと私もおかしくなつて笑ひながら、
「ぢやあ何なの、ノーミソが腐つたのでなきや、何なの?」…