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勝太郎
かつたろう
作品ID47165
著者兼常 清佐
文字遣い新字新仮名
底本 「音楽と生活 兼常清佐随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1992(平成4)年9月16日
入力者鈴木厚司
校正者noriko saito
公開 / 更新2009-04-06 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私はニホン音楽をあまり好まない。それでラジオは演芸放送の時間になると必ず切っておくことにしている。それが何時だったか間違って掛けっぱなしになっていた事がある。偶然その時唄ったのが勝太郎である。この実に偶然な機会で私は勝太郎の名と、その綺麗な声とを聞いた。その翌日早速出来心を起して、私は勝太郎のレコードを二、三枚買って来たものである。
 何枚もない私の家のニホン音楽のレコードの事だから、私は一つその話をしてしまおうかと思う。実はもう一つ特種があるが、それはまた今度の事にして、まず手近な勝太郎レコードから始める事にする。
 と言ったところで私が何も別に勝太郎レコードを研究したわけでもなく、またこれに匹敵するレコードも外にいくらもあるだろうと思う。また不幸にして宣伝が下手なばかりに、これほど有名にならない唄い手もあるだろう。私が偶然勝太郎を撰んだのは、ただこんな一群の人々の代表のつもりである。
 勝太郎のレコードには随分おもしろいのがある。諸君は一度こんなものを聞いて見ても、それが決して諸君の音楽鑑賞力の疵にならぬことは確である。諸君はすぐシューベルトが美しいと言うであろう。ガリクルチが綺麗だと言うであろう。しかし、それだから即ち『追分節』が美しくなくて勝太郎が綺麗でないとは言われない。それは話が別である。
 勝太郎レコードの声はかなり綺麗である。実際の声はどうだか知らないが、電気装置で煮たり焼いたりした末にレコードとなって出て来る声は、柔かで豊かで潤いがあって、聞いていて甚だいい気持である。レコードの事だからよくわからないが、まず大体でasあたりからd'あるいはd'bあたりまでが普通の声らしい。その間で曲によって多少音階を移調することも出来るようである。『大漁節』と『下総盆踊』とはその一例である。そして声はe''sくらいになると、もはや多少の工風がいるらしい。アルトとしても音域の広い方ではないが、それでも少し練習すれば普通のリードにはさしつかえなくなるであろう。話に聞くと有名な四家夫人がラジオで『越後獅子』とかを唄って大いに喝采を博した事があるそうである。それなら今度は勝太郎が『菩提樹』でも唄って、あっと言わせる番である。――もちろん、これは冗談である。しかし、もし私が勝太郎だったら、そんな事は四家夫人のやらない前に必ずちゃんとやってのける。
 私は日本風の声の出し方を少しもおかしいとは思わない。弱くて、低くて、そして表情の力は欠けているであろうが、私にはまた一方で、自然な、無理のない、平穏安楽な気持を与えてくれる。日本人がこの日本の声で或る種のリードを唄って何故いけないだろうか。私はニホン音楽をあまり好まないが、もしその中から何かを撰べと言われるならば、私はこの無理のない声の出し方などを撰ぶつもりである。
 次にこれは付けたりの事であるが、――そして本当はこ…

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