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赤坂城の謀略
あかさかじょうのからくり |
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作品ID | 47209 |
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著者 | 国枝 史郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「時代小説を読む 城之巻」 大陸書房 1991(平成3)年1月10日初版 |
初出 | 「日の出」1935(昭和10)年6月 |
入力者 | 阿和泉拓 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2008-06-15 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 16 ページ(500字/頁で計算) |
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一
(これは駄目だ)
と正成は思った。
(兵糧が尽き水も尽きた。それに人数は僅か五百余人だ。然るに寄手の勢と来ては、二十万人に余るだろう。それも笠置を落城させて、意気軒昂たる者共だ。しかも長期の策を執り、この城を遠征めにしようとしている。とうてい籠城は覚束ない)
そこで、正成は将卒をあつめ、しみじみとした口調で申し渡した。
「この間は数箇度の合戦に打ち勝ち、敵を亡ぼすこと数を知らず、正成くれぐれも有難く思うぞ。が、敵大勢なれば物の数ともせず、囲みを解いて去るべくも見えぬ。然るに城中はすでに食尽き、援兵の来る望みもない。……元来天下の衆に先立ち、草創の功を志す以上、節に当り義に臨んでは、命を惜むべきではない。とはいえ事に臨んで恐れ、謀を好んで為すは勇士の為すところと、既に孔夫子も申しておる。されば暫くこの城を落ちて、正成自害したる態になし、敵の耳目を一時眩まそうと思う。……正成自害したりと思わば、関東勢さだめて喜びをなし、下向するに相違ない。下らば正成打って出で、また上らば山野にかくれ、四五回東国勢を悩まさんか、彼等といえども退屈するであろう。この時を以て敵を殲滅するこそ妙策!」
これを聞くと将卒共はしばらくの間は、言葉も出さず黙っていたが、やがて口々に云い出した。
「君公の謀計にござりまする。粗略あろうとは存じられませぬ」
「早々御落去なさりませ」
「再挙の時こそ待ち遠しゅうござりまする」
そういう将卒の顔には、何等の憂の影もなかった。
我等が信ずる多門兵衛様が――日本の孔明、張良が、城を開こうとするのである。開くべき筋があればこそ、こうして城を開くのであって、尋常一様の落城ではない。――という考えがあるからであった。
(では)
と正成は決心し、城の落ちる日を心待ちに待った。
その間に正成は士卒を督し、城中に大なる穴を掘らせ、堀の中にて討たれた死人の中、二三十人ばかりを持ち来たしその穴の中へ埋没させ、その上に炭薪を積み重ねさせた。
と、幸いにもその翌々日、風雨はげしく荒れた。
(時こそ来たれり)
と正成は思い、この赤坂城にそれ以前から、お籠りあそばされた護良親王様を、まず第一に落し参らせ、つづいて将卒を落しやり、火かくる者一人をとどめ置き、舎弟の七郎正季や、和田正遠等を従えて、自身も蓑笠に身をやつし、ひそかに城を忍び出た。
それとも知らない寄手の勢は、陣屋陣屋の戸をとざし、この吹降りには城兵といえども、よもや夜討などかけまいと、安心しきって眠っていた。
と、正成たちは忍びやかに、寄手の陣屋の前を通り、千早の方へ潜行した。
「誰だ!」
と突然声がかかった。
寄手の大将長崎四郎左衛門尉、この人の陣屋の厩の前に、さしかかった時であった。
流石に正成もハッとしたが、
「これは大将御内の者でござるが、道に踏み迷うてかくの通り…