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秋空晴れて
あきぞらはれて
作品ID47231
著者吉田 甲子太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「少年小説大系 第10巻 戦時下少年小説集」 三一書房
1990(平成2)年3月31日
入力者門田裕志
校正者富田倫生
公開 / 更新2008-01-01 / 2021-09-04
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

  一

「まったくでござんす、親方。御覧の通りの痩せっぽちじゃござんすが、これで案外胆っ玉はしっかりしてますんで。今まで乗ってました船でも、こいつぐらい上手にマストへのぼる奴はなかったそうでござんす。まるで猿みたいな奴だなんていわれてたくらいで――高いところの仕事にはもって来いの餓鬼です。どうでしょう、ひとつあっしと一しょにリベット(鋲打)の方へでも、ためしにお使いんなっては頂けねえでしょうか」
 ガラガラ、ガラガラとウィンチ(捲揚機)の廻転する音、ガンガンと鉄骨を叩く轟音、タタタタタとリベット(鋲)を打ち込む響、それに負けないように、石山平吉は我にもなく怒鳴るような大声で一息に言い終ると、心配そうな眼をして監督の顔を覗き込んだ。なかなか仕事はないし、出来ることなら自分の手もとで働かせたい――そう思うと平吉は、どうしても一生懸命にならずにいられなかった。
 監督は腕組をしたままの姿で、平吉と並んで少し笑を含んで自分の方を見て立っている少年へ眼を移した。息子の一男が笑を含んでいたのは、父親のいうことを聞いていると、つまりはこの自分を父親が自慢していることになるのがおかしかったからである。
 なるほど、一男は十七という年齢にあわせては、小柄なばかりでなく痩せている方だった。しかし、潮風にやけたその面魂には、どこかしっかりしたところがあった。少し茶色がかった静かな瞳、きちんと結んだ唇、どっちかというと柔和な顔立だったが、眉のあたりに負けぬ気が見えて、顔全体を引き締めていた。それに何よりも監督を驚かしたのは、こんな場所に立っていながら、その少年の腰つきが少しもふらついていないことだった。眼にも怖がっているらしいおどおどした色はまるで現れていない。
 今三人の男が立話をしている場所は、地上から二十五メートルも離れた空間だ。足場がわりに鉄骨の梁の上に懸け渡しただけの何枚かの板の上に立っているのだった。下を覗けば、地下室をつくるために掘りさげられた地底まで三十メートルはあるだろう。よほど馴れたものでも、何かにつかまらなければ眼がくらくらして覗いてはいられない高さだ。
 監督はあらためて一男少年の顔を見なおした。平然としている。わざと平気な顔をしているのではない。
「ひょっとすると親爺のいうのは嘘ではないかも知れない」
 監督はそう思った。それに彼は全体に一男の様子が気に入ったのだ。監督の満足そうな眼つきでそれが分かる。
 そこで平吉はすかさずもう一度頼み込んだ。
「岸本さん、頼みます。使ってみてやって下さいよ」
 監督は、「うん」と曖昧な返事をしてなお考えている様子だったが、やがて考えがきまったと見えて、平吉にいいつけた。
「山田を呼んで来てくれ」
 山田というのは平吉の組の職工頭だった。
 山田が来ると監督は一男をひきあわせた。
「石山の伜だそうだ。この間見習が一人い…

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