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風に飜へる梧桐の実
かぜにひるがえるごとうのみ
作品ID47233
著者牧野 富太郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻14 園芸」 作品社
1992(平成4)年4月25日
入力者門田裕志
校正者多羅尾伴内、川山隆
公開 / 更新2008-01-17 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 秋風起つて白雲飛ぶと云ふ時節ともなると、アヲギリ(幹、枝が緑色ながら云ふ)即ち梧桐の種子を着けた其舟状の殻片が、其母枝を離れ翩々として風に乗じ遠近の地に墜ちる、是れは何も珍らしい事ではないが、其れが眼前に落ち散らばつてゐる処を見ると、其殻片が頗る大きな丈けに何となく今更ながら其認識を新たにすることを禁じ得ない
 私の庭に一本のアヲギリがあつてアヲニョロリの名の如くニョロリと緑の直幹を立て、車輻の様に枝椏を張り傘蓋の如く大形の緑葉を着け、亭々として空高く聳立してゐて其れに房々と多くの実を群着し垂れ下がつてゐる
 九月の央ば過ぎにもなると、其開いた※[#「くさかんむり/骨」、53-10]※[#「くさかんむり/突」の「大」に代えて「犬」、53-10](Folicle)の殻片がちぎれ落ちて地面に散乱してゐる、殻片の両縁には皺のある(始めは平滑なれど)豌豆大の大粒種子が一二顆づゝ着いてゐるが、其れが後ちに殻片から離れて地に委し、来春其処に闊大な子葉を展げた仔苗を萌出させる、故に私の庭には其処此処に多くのアヲギリ苗が生えてゐる、若し之れを其のまゝに放棄して置くとすると年毎に其仔苗が殖えて生長し、遂には私の庭はアヲギリ林に成つて仕舞ふのであらう
 アヲギリの殻片は各五枚づゝ集まつてゐるが其れが車の様に開いて居り、そして其舟の様な剛質の各殻片は其凹い内面を下にして枝端の果穂に附着してゐる、故に仮令雨が降つても其殻片へは水の溜る憂ひはない、間も無く之れが吹き来る風の為めに其基部の柄がちぎれると同時に其凹い内面へ充分に其風を孕んでヒラ/\/\と或は近く或は遠くへ運ばれる、其れが地面へ落ちると其種子の重みに由て其殻片が多くは背面を上にして下を向き俯伏になつてゐるのは其処に大に意義の存する点が観られる、即ち此姿勢だと其殻片から種子を地面に離し落すに都合がよいからである、天然は中々用意周到なもんだ中々巧妙至極なもんだ
 アヲギリは此の様に生え易く亦容易に生長して太り易いから若しも人があつてアヲギリの林を造りたければ其れは造作もなく出来る、が、然かし其んな物好きな事を為た人はなかろう、国によつては今日アヲギリの自然的と成つてゐる林を天然記念物として保護してゐるが、此等は実は我邦神代からのものではなくてズット後ちに出来た林である、元来此アヲギリは我邦固有な土産植物ではなく是れは或る時代に支那から来た者である、そして海辺附近の地が彼等には適処と見えて其んな処に能く生活し繁茂してゐる、若しも其処に一本のアヲギリがあれば其実の種子に依つて其近傍に其れが殖え行くことは訳のない事である、故に其林を作るも亦何等の面倒はない、然るに此んな生え易いものであるに拘はらず、又種子も風で撒布せられ易いものであるに関はらず、之れが日本全国的に山地に拡がらないのは、元来本品は土産植物でないから何にか其処に具合の…

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