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ムジナモ発見物語り
ムジナモはっけんものがたり
作品ID47239
著者牧野 富太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆94 草」 作品社
1990(平成2)年8月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-01-11 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 じつとしていて静かに往時を追懐してみると、次から次に、あの事この事と、いろいろ過去の事件が思い出される、何を言え九十余年の長い歳月のことであれば、そうあるべきである筈なのである。
 しかし、ふつうのありふれた事柄は、たとえ実践してきた自身のみには、多少の趣きはあるとしても、他人には別にさほどの興味も与えまいから、そこで私はその思い出すものが、広く中外の学界に対して、いささか反響のあつたことについて回顧し、少しくその思い出を書いて見ようと思う。それは、時々思い出しては忘れもしないムジナモなる世界的珍奇な水草を、わが日本で最初に私が発見した物語りである。
 今から、およそ六十年ほど前のこと、明治二十三年、ハルセミはもはや殆ど鳴き尽してどこを見ても、青葉若葉の五月十一日のこと私はヤナギの実の標本を採らんがために、一人で東京を東に距る三里許りの、元の南葛飾郡の小岩村伊予田に赴いた。
 江戸川の土堤内の田間に一つの用水池があつた。この用水池は、今はその跡方もなくなつている。この用水池の周囲にヤナギの木が繁つていて、その小池を掩うていた。私はそこのヤナギの木に倚りかかつて、その枝を折りつつ、ふと下の水面に眼を投げた刹那、異形な物が水中に浮遊しているではないか。
「はて、何であろうか」と、早速これを掬い採つて見たら、一向に見慣れぬ一つの水草であつたので、匆々東京に戻つて、すぐ様、大学の植物学教室(当時のいわゆる青長屋)に持ち行き、同室の人々にこの珍物を見せたところ、みな「これは?」と驚いてしまつた。
 時の教授矢田部良吉博士が、この植物につき、書物(多分ダーウィンの「インセクチヴホラス・プランツ」であつたろう)の中で、何か思いあたることがあるとて、その書物でその学名を捜してくれたので、そこでそれが世界で有名なアルドロヴァンダ・ベンクローサであることが分つた。
 この植物は、植物学上イシモチソウ科に属する著名な食虫植物で、カスパリーやダーウィンなどによつて、詳かに研究されたものであつた。
 しかし、この植物は、世界にそう沢山はなく、ただ僅かに欧洲の一部、インドの一部、濠洲の一部にのみ知られていたが、今回意外にもかくわが日本で発見せられたので、ここに新しく一つの産地が殖えたわけだ。その後、さらにシベリア東部の黒竜江の一部にもこれを産することが分かり、遂に世界の産地が飛び飛びに五カ所になつた。
 日本では、上記の小岩村での発見後、それが利根川流域の地に産することが明らかとなり、更に大正十四年一月二十日に山城の巨椋池でも見出された。この発見者は当時京都大学の学生だつた三木茂博士であつた。この池のムジナモは干拓のため不幸にして、その影響を蒙り、惜しいことには、遂に絶滅してしまつた。
 ムジナモは「貉藻」の意で、その発見直後、私のつけた新和名であつた。即ちそれはその獣尾の姿をして水…

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