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二つの作品
ふたつのさくひん
著者国枝 史郎
文字遣い新字新仮名
底本 「国枝史郎探偵小説全集 全一巻」 作品社
2005(平成17)年9月15日
初出「探偵趣味」1926(大正15)年4月
入力者門田裕志
校正者きゅうり
公開 / 更新2019-08-26 / 2019-07-30
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 小酒井さんの「肉腫」という作(新青年掲載)依然として結構な作品です。探偵小説的加工の無いのが、一つの特色を為して居ります。如何にも有りそうな事件と云うより有った事件を有りのままに纏めた――こう云い度いような作品です。医師その人に成心が無く、威嚇的で無かったということも、この作品を快くしました。一種微妙な人間性を、直截簡潔の筆で描き、醒気を紙面へ漲らせたのは、小酒井さんとしては常套手段、それでいて矢張り結構であります。ただ末段に至りまして、手術をされた人間が、肉腫への憎悪に夢中になり、自分の腕の切られたのも忘れ、その腕を出せというあたり――この作中での正念場――そこが余りに略筆され、些か明瞭を欠きましたが、併し是は私の頭がひどく其時疲れていたので意味が取れなかったのかもしれません。で「?」この印を記して置きます。
 羽志主水さんの「監獄部屋」(新青年掲載)は、村島帰之さんの喜びそうな作、そうして私にも有難い作です。だが二つばかり気になることは「贋勅使」という此言葉と「高間の初蔵」という言葉です。事件の眼目は贋勅使にあります。だから此場合此言葉は、使わない方が可いようです。いずれ荒っぽい土木工場などへ、贋勅使となって入り込むような人間、肩書があるに相違ありません。だから努めて此場合、肩書を出さない方が可いようです。これ等の言葉があった為め、鳥渡作の味が古態を帯びました。何んでも無いようなことではあるが、何んでもないことではありませんね。こういう点に留意するのが、文章道のカナメです。……などと如何にも此私が、文章道の苦労人らしく、こんな注意をするというものは、それこそ場違いかもしれませんなあ。本当の参事官の一行が一週間後にやって来た時、悄げきって多くの工人達が「疑惑に充ちた冷眼」で、見迎えたというあのあたりは、素晴らしく精彩を発揮して居ります。「疑惑に充ちた」という言葉など、使えそうで使えない言葉です。この言葉があった為め、疑惑に充ちた工人の姿が、私の眼前に一整に、見えて来たものでございますよ。贋勅使だと宣る迄、贋勅使の一行が、贋勅使に見えなかったのは、勝れた作者の技倆でしょう。尤も夫れが解って了っては、この作の値打は消えますがね。
 羽志主水? 聞かない名です。こっそり雨村さんへ手紙を出し、その本名を聞こうかしら? この材料、この作風、日本探偵小説界に、一新境地を開いたと迄、大袈裟な言葉使いはしませんが、宝石の知識も無い癖に、宝石のことなどを書きたがる、去勢されたる探偵小説家へは、好いみせしめの作品であると、これくらいは云ってもいいでしょう。だが不幸にも日本に於ける、探偵小説愛読者は、去勢されたる探偵小説家の、去勢される探偵小説を、ひどく愛読するようです。で恐らく此作は一般受けはしますまい。羽志主水さん困まりましたなあ。けっきょく貴郎の歩いている道は、ロマン・…

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